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ゴウウと、まるで怪物の鳴き声のような、川の水が荒れ狂う音が響きわたっている。
まだ夜明け前で山の中だからか、他に聞こえてくるのは風や小動物が木々を揺らす音、そして人間二人の足音くらいだ。
照明は月光と、パリやロンドンに設置されていそうなハイカラな街灯が数メートルおきに点々としているだけで、まだしっかりと『夜』を演出している。
しかしそんな『夜』の中に閉じ込められているにもかかわらず、不思議と僕の中に不安とか恐怖のような感情は漂っていなかった。
午前4時30分。
旅館を出た僕とすみれは、須雲川に沿うように作られた道の歩道を、箱根湯本駅方面へ気の向くままに歩いていた。
いくら夏とは言え、流石にこんな夜明け前から散歩をするような人はいないのか、外にいるのは僕とすみれただ二人。あまりにもありふれた表現だけれど、観光地故にそこそこ人を見かける昼間と相まって、まるで世界から僕とすみれ以外の人間が消えてしまったかのようだった。あるいは、僕とすみれだけが現実とは違う世界に来てしまった、みたいな感じ。
「それで、急にこんな時間に散歩なんてどうしたの? 累。それにそんな暗い顔して。夜中に美少女と二人きりなんだから、もっとテンション上げたら?」
すみれは右足を左足の前に出したかと思えば、今度は左足を右足の前に出したりして、着替えたワンピースのスカートをひらひらさせながらからかうように笑いかけてくる。
僕が散歩に誘ったあたりからすみれの様子は一変。
菊乃が消えたことを僕に告げてきた時の、あの悲劇のヒロインのような顔はどこに落っことしてきたのか、すみれはずっとこんな調子だった。
例えるなら、昨日、僕と二人で庭園を歩いていた時の、菊乃みたいな感じ。周りに心配をかけないように、決して無理をしているわけではなく。ただ本当に。本当に心の底から楽しそうにしている。そんな感じ。
そんな菊乃に、昨日僕は戸惑った。
……けど、今日は違った。
「単刀直入に言うよ」
僕は学校に行く時と同じような歩調で歩きながら、そして、そんな登校時、必ずおはようと声をかけてくるおばあちゃんに挨拶し返すような何気ない口調で、振り返ってきたすみれに、言った。
「すみれが、あのドッペルゲンガーを呼び寄せてたんだよね?」
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