第四部 告——つげる
「……どうすれば、いいのかしらね」
「…………」
13時半。
食堂で朝食(時間的には昼食と言うべきなのかもしれないが)を取り始めてからすぐに、菊乃がそう切り出した。
朝食は昨日と同じく、これまで食べたこともないような豪華な和食だ。
アジの焼き魚。キノコの味噌汁。筍ごはん。かぼちゃの煮物に大根の漬物。どれもこれも味だけではなく見ただけで一級品と分かる代物。
しかし、そんな食前方丈に対して、僕も菊乃もすみれも、誰の箸も進んでいる様子はなかった。
原因はもちろん30分前のこと。
僕が菊乃に起こされ、蓮が消えたことが発覚した時のことだ。
その後、菊乃とすみれから聞かされた話によると、12時を過ぎても迎えに来ない僕たちを疑問に思い、菊乃とすみれは男部屋に行くことにしたらしい。
そして男部屋に着いてノックをしてみると、どっちかが見張りのために起きているはずなのに、何故か返事がない。さらに不審に思った菊乃が扉に手をかけると、何故か鍵が開いており、部屋に入ると僕一人だけが寝ている状態で、蓮は既に消えてしまっていた、ということだ。
もちろん僕が起こされた後、蓮の親にも電話してみたりしたのだが、想像通り――最悪の想像通り、そんな人間は知らないとのことだった。もはやどうすることもできず、生理的反応に従って食事をとる以外、僕たちにできることはなかった。
やけに辛く感じる味噌汁を一口啜ってから、僕は菊乃に返事をする。
「……とりあえず、昨日と同じ作戦を取るしかないと思う。けど、ごめん。今日からは僕は女部屋にいさせてもらうことになりそう。このままだと、部屋に一人になっちゃうし、それにさっき鍵をかけてても絶対安全ってわけじゃないって分かったしね」
そのことに関しては想定済みなのか、菊乃は「そうなるわよね」と頷き、すみれも小さく首を縦に振った。ありがたい。流石にこの状況で部屋に一人になるのは心もとな過ぎたから。
そして同時に思う。きっとその点が最も議論しなければならない点だということを。
つまり、なぜドッペルゲンガーは部屋の鍵を開け、僕たちの部屋に入ってこれたのか。
これまでの推測では、ドッペルゲンガーは超常的な存在ではあっても、超能力的な力は持っていなかったはずだった。いや、人を消してしまうという点は確かに超能力的と言えるかもしれないが、それ以外の点に関してはこれまでの科学を全否定するような存在ではなかったはずだ。その証拠にトイレの壁もよじ登ってきていたし、パワーもオリジナルと遜色ないほどだった。
しかし、今回は違う。さっきの菊乃の話によれば僕が寝ている間に蓮のドッペルゲンガーは僕たちの部屋の鍵を開けて入ってきて、そして蓮を消し、自身もどこかへ消えたことになる。
そして、そこから導かれる可能性としては二つ。
まず一つ目は最初の想像通り、僕の推測が外れていて、本当はドッペルゲンガーは壁もすり抜けられるし、パワーもオリジナル以上にあったという可能性だ。
もしそう仮定するならば、今日の夜、中に入ってこれたことや、仮に入ってきたとして、そこからさらに蓮の抵抗がなかったことにも説明が付く。僕が寝ている間入ってきたのなら、蓮は起きていたはずで、そして蓮が起きている以上、ドッペルゲンガーが入ってくれば必ず、僕を起こすなどの抵抗を試みたはずだからだ。その抵抗も、実際にはオリジナル以上のパワーがあったドッペルゲンガーが押さえつけたと考えれば話は早い。
が、こっちの可能性はほぼないと僕は確信していた。これまでの予想が全て間違っていたなんてことを考えたくないというのもあるにはあるが、しかしそれ以上に現実的ではない。
そもそも壁をすり抜けられたりできるのなら、部屋の扉の鍵を開ける必要なんてそもそもないだろうし、蓮が一切抵抗できなかったとも考えにくい。僕を叩いて起こしたりしなくとも、大声を出すなりなんなりで、僕を起こす方法は他にあったはずだ。何より肝心の鍵は部屋に残っていた。ドッペルゲンガーがすり抜けて入ってきたのなら、自分がそんな能力を持っていることを知られたくないはずだから、自分が鍵を使って部屋に入ってきたんだと思わせるために、蓮を消した後、鍵を持って行くはずだ。いや、けど、最初に僕がひまわりのドッペルゲンガーらしきもの見た時、そいつも消えていた。ということはつまり、オリジナルの方を消した後、ドッペルゲンガーも消えるから、やっぱり関係ないのだろうか?いや、それでも、蓮が大声を出し、僕を起こそうとするなどの抵抗を見せなかったことを否定するほどの理由にはならない。
だから、二つ目の可能性。
あまり考えたくはないが、菊乃かすみれかのどちらかが裏切って蓮を部屋の外に連れ出した、という可能性だ。
ドッペルゲンガーが部屋に入ってきたのではなく、呼び出された蓮が出て行った。
鍵が開いていたのも、蓮が鍵をかけ忘れてしまったと考えれば、一応説明はつく。
電話なり、大声を出すなり、蓮が抵抗をした痕跡がなかったのも、抵抗できないような遠くへ連れて行かれたせいだと考えれば頷ける。
遠くへ連れて行ったあとは、ドッペルゲンガーとバッティングさせ、蓮を消し去る。ただ、それだけだ。鍵が戻ってきていたのも、蓮を消した後、蓮から鍵を回収し、僕達の部屋の中へ戻したと考えれば、納得できる。
が、しかし、こっちの方の可能性も僕はないと思っている。
まず第一に仮にどこかに蓮が連れていかれ、ドッペルゲンガーとバッティングしたとしても、必ず大声で助けを求めることくらいはしただろうからだ。その声さえ誰にも届かない場所に連れていかれたという可能性もあるが、そんな場所に連れていかれそうになれば流石の蓮も仲間を疑うだろう。僕たちはあくまで仲間であって、主従関係にはない。そして第二に、僕は菊乃やすみれを疑いたくはない。
よって二つの可能性のどちらも否定され、結局第三の可能性を探すしかなくなっている。そして最悪なことに、その可能性は思いついていない。
しかも、他にも蓮がいない間、何故僕は一人で寝ていたのにも関わらず、僕のドッペルゲンガーは現れなかったのか、など、考えなくてはならない点は、他にいくつもある。いったいどうすればいいのか……。
「……すみれは、どう思う?」
情けない限りだが、僕はそう彼女に問いかけることしかできなかった。
これまで混乱の渦中にある僕たちを何度も救ってくれた彼女。
すみれなら、きっとなんとかしてくれる、まではいかなくとも、何かヒントになるようなものをくれるのではないか、そんな風に僕は考え無しに頼ってしまった。
そして、それがまずかった。
「……すみれ?」
何故か、すみれが無言で立ち上がった。
「……う、……だ……」
「え?」
「もういやだ!」
食堂内に響き渡るような大声で、すみれは叫んだ。
同じように食事をしにきていたお客さん達からの注目も集まる。しかし、そんな衆目を気にすることなく、否、気にする余裕すらないのか、すみれは頭を抱え振り回し、叫び続ける。
「もういや! なんで蓮までいなくなっちゃうの!? 何で!? 何で!? 何で!?」
「……すみれ」
叫び続けるすみれを何とか落ち着かせようと、僕はすみれの肩に手を置こうとする。けど、
「……ごめん、私、ちょっと休むね」
すみれはそう言って、僕が肩を掴む前に、立ち上がり、背を向けてしまった。
「え? ちょ、ちょっとすみれ!」
自分の部屋へと戻ろうとしているすみれに、僕も慌てて立ち上がり、呼び止める。しかし、遅かった。
「ごめん。ほんとに、ひとりにさせて。大丈夫。鍵はかけておくから。それならいいでしょ?」
「いや、大丈夫じゃないって。さっきの蓮のケースでわかったでしょ。鍵をかけてても安全とは限らない。話なら聞くからさ。一緒にいようよ」
「……じゃあ、昨日の作戦の時みたいに電話を繋いだままにしておくから。それならすぐに助けに来れるでしょ。何かあったら呼ぶから。お願いだから、一人にさせて」
「すみれ!」
結局。
結局、すみれは去っていき、そして僕はそんな彼女の背中を追うことができなかった。
当たり前だ。
今しがた彼女に依存していたことに気付いた僕に、引き戻す資格など、あるはずなどなかったのだから。
ご一読ありがとうございました。もしよろしければ感想やブックマークなどいただけますと幸いです。




