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CHANGE!  作者: ヒ日
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20/33

「おら死ねぇ! このエアホッケーの台以上に平らな胸の女!」

「死ぬのはあなたよ! このエアホッケーのお皿以上に浮ついた年中浮気男!」

「黙れブスSFオタク!」

「ブスキモ男!」

「それただの悪口だろうがぁ!」


 ……やっぱりこうなったか。


 午後7時。


 風呂から上がった僕と蓮を待ち受けていたのは、待望の湯上り姿のすみれと菊乃の姿……だけだったのならよかったのだが、もう一つ待ち受けていたのは何故かすみれ発案のゲーセンでのエアホッケーによる勝負だった。


 一回だけならと渋々承諾したのだが、しかしじゃんけんで決まった対戦カードが壊滅的(かいめつてき)。偶然かはたまた運命か、僕VSすみれ、そして蓮VS菊乃の、前半はともかく後半は人類が考えうる史上最悪のカードが決定してしまい、今の殺し合い(ただエアホッケーをプレイしているだけ)へと相成ってしまった。……エアホッケーで死ねって……。とても先程目の前の女性への愛を語った男と同一人物とは思えない……。


「いやー、二人とも元気だねー。よかったよかった」

「いや……その元気の半分以上はすみれのせいだと思うんだけど……」


 僕と共にゲーセン備え付けのソファに座って足をぶらぶらさせながら二人の試合、もとい殺し合いをデスゲームの主催者みたく楽しそうに観察しながら言うすみれに、僕はコーヒー牛乳を飲みながらツッコむ。まるで他人事みたいに……。誰がこの試合をメイキングしたと思ってるんだ。無自覚な犯罪ほど性質(たち)の悪いものはない。


 ……そして、無自覚と言うなら……。


「ん? なぁに? 累? 私の美しい顔に、何かついている?」

「……確かについてるけど。主に自信とか」


 自信というより、どちらかと言うと自意識かもしれない。いったいこの自意識はどこから湧き出てきたのだろうか。箱根温泉か。そういう効能なんだろうか?


 しかし、とにかくすみれを見ていたことがバレた以上、僕はさっと目を逸らす。しかしそういう時だけは勘が鋭いすみれがそれを見逃すわけもなく、すぐにピンときたのか、にや、と笑む。そして蛇みたいに上半身だけ動かして僕の顔を覗き込んできた。


「んー何々? 累さん。ひょっとして今見てました? いや、魅入ってました?私の浴衣姿にー。だとしたらごめんねー。『無自覚』に足ぱたぱたさせちゃったりしてー。ちょっとお子様には刺激が強すぎたかなー」

「…………」

「……あれ? もしかして、ほんとに? そう、だった?」


 やめてください。からかった後にそれがほんとだったと分かった途端に自分から恥ずかしがって顔を赤くしてそっぽ向くのはやめてください。こっちまでどうしていいか分からなくなります。


「ア、ソ、ソウダ! オモイダシタ!」


 とうとう沈黙に耐えられなくなったのか、なんともわざとらしく、またしてもすみれは皿にした左手に右こぶしを打ち付ける例のジェスチャーを取った。すごい、ここまで完璧な棒読みを、僕は人生で一度たりとて聞いたことがない。


 すみれは眼鏡を探す人みたいな感じで「えっと……話題話題」と呟いてから、


「あ! そうだ! 蓮と温泉入ってる時、何話したの? ちょっとは男らしい会話できた? 裸で付き合いできた?」

「とんでもない部分を間違えないで。最悪の下ネタになっちゃってるよ……」


 正しくは裸の付き合いだ。助詞を一字間違えるだけで、ここまで文章の意味が変わってくるとは。日本語、恐るべし。


 と、そんなことを考えていたのだが、そこでふと、一つの可能性に思い至った。もしかするとすみれはそんな風に僕と蓮に裸の付き合いをさせるために温泉に入ることを提案したのではないのかという可能性を。


 昨日、僕がドッペルゲンガー捕獲作戦を提起した時に若干険悪な雰囲気になってしまった僕と蓮の関係を改善させるためにそんな提案をしてきたのではないだろうか。だとしたら、ありがたい。そして申し訳なくも思った。また僕はすみれに迷惑をかけてしまった。


 僕は頷いてから、


「うん。まぁ、そこそこはできたよ。そっちは? 女子っぽい会話できたの?」

「うん。二人の悪口で盛り上がったよ」

「別ベクトルで女子っぽい……」


 しかもものすごくいい笑顔で言われてしまった。菊乃から蓮にはともかく、僕はあんまり蓮みたいに露骨に悪口を言われることはしていないつもりなのだけど。いつの間にか僕は二人の反感を買うようなことをしてしまっていたのだろうか。恐ろしい。日本語よりも恐ろしい。そしてそれ以上にそれを笑顔で言えるすみれが恐ろしい。


 戦々恐々、すみれの笑い声を聞きながら、僕が今後の身の振り方について真剣に考え始めていると、


「けどね……」


 と、これまでシャンデリアのように明るい笑みを浮かべていたすみれだったが、その台詞を機に突如、その笑みは一本の蝋燭(ろうそく)の灯のような小さなそれに変貌した。自分の膝に視線を落とし、薄くなった笑みと声で、すみれは続ける。


「それこそ別ベクトルの話もしたよ……ふたりとも、なんか変わっちゃったなぁ、って」

「変わった?」

「うん」


 変わった。


 それはさっき蓮にも言われたことだ。


 けど、蓮はともかく、僕はそんなにも変わっただろうか。


 身長や体格なら変わったかもしれない。


 けど、性格となるととんと分からない。人間が鏡やカメラを通じてしか自分を見れないように、自身の変化にはいまいち実感を持てない。


「変わったよ。二人とも。蓮は昔は、あんな風にグループ思いの感じじゃなかったし。……累は、今ほど勇敢じゃなかった」

「勇、敢?」


 おもわずオウム返ししてしまった。


 僕が、勇敢?


 何かの言い間違いではないのだろうか。すみれのいつもの奴ではないのだろうか。しかし、聞き返してみてもすみれの口から訂正の言葉は出てこない。むしろ、


「うん」


 とすみれは力強く頷く。


「累は勇敢になったよ。ねぇ、累。中学の時、私が入院して、累だけがお見舞いに来てくれたこと、覚えてる?」

「……!」


 それがすみれの口から出てきたという事実があまりにも信じられず、思わず僕は言葉を失った。


 すみれは暗い空気をとにかく嫌う。だからこれまでも、僕たちが中学生の時のことを知らないひまわりがそういうことを知ろうと質問してきた時にも、そのあたりは曖昧にぼかしてきた。


 しかし、それを今、すみれは僕に問うてきている。それを覚えているかと。そして僕の答えはもちろん、『一度たりとて忘れたことはない』、だ。


「あの時はもちろんうれしかった。自分がいじめられてるにも関わらず、それでも私に会いに来てくれて、本当にうれしかった。けど、ね。あの時の累は、なんだかとても……言い方は悪いかもしれないけれど、臆病に見えてたんだ」

「臆病?」

「うん。ほら、あの時、累が私のお見舞いに来てくれてたのはさ、私と仲良くするせいでクラスの子達から良く思われてなかった蓮と菊乃に対する攻撃を、自分に向ける目的もあったわけでしょ? けど、ちょっと思ってたんだ。累は私や蓮や菊乃が傷つくのが嫌っていうのもあるんだろうけれど、それ以上に、自分が何もできないで、私たちが傷つくのが怖かったんじゃないかって。もちろんそれを否定するつもりもないし、悪いことだとも思ってないよ。けど、危うくはあった。それはいつ累を崩壊させるのか分からなかったから。もしかしたら蓮が今みたいにグループ思いになったのは、そんな累を見たからなのかも」

「…………」


 ……確かに、そういう側面はあったかもしれない。


 あの時の僕は、とにかく()ちるところまで堕ちていたから。


 だから蓮や菊乃やすみれを助けているつもりで、本当はただそうすることで僕は自分を助けているだけだったのかもしれない。無力な自分でも何か役に立っていると思い込もうとしていただけだったのかもしれない。


 だったら、それは、なんて、偽善者。


「けど、今の累は違う」

「え?」


 気が付くと、すみれは、ソファに置いていた僕の左手を握っていた。


 意識的か、無意識か、それは分からない。


 けど、離れようとしても、すみれの右手は僕の左手を追いかけてきた。


「累は、今日、私たちを多少の危険に晒してでも、私たちグループのことを考えて作戦を実行してくれたでしょ?それは、今までの累なら絶対にできなかったことじゃないかな?」

「……!」

「累は変わったんだよ。勇敢になった。そして、今度こそ、私たちを助けようとしてくれてるんだよ。ありがとう」


 明るすぎも、暗すぎもしない、強いて言うなら高級レストランの照明のような柔らかく、包み込むような明度の笑顔でそう言われた瞬間、僕の心臓はトクンと跳ねた。そしてそれを契機に、バクンバクンと心臓は内部を跳ね回る。どこかに逃げてしまいたいと、内から外を壊そうとする。にも関わらず僕の視線はすみれから一向に逃げようとしない。むしろ追いかけ離さない。逸らそうにも逸らせず、まるで魔法みたいにすみれの凛とした目に吸い寄せられる。

「すみれ……」


 気が付けば僕は、すみれの温かい陶器みたいな右手を握ったまま、残った方の右手を伸ばしていた。

それは彼女の、浴衣で更に強調されたなで肩へと伸びていく。


 その肩を抱き、少しでも、彼女と触れ合おうと――


「けど」

「え?」


 ――した直前で、すみれがそう言って僕から手を放し、視線を未だエアホッケーに熱中する蓮と菊乃の方へと移してしまった。


 自然、僕の伸ばした右手は行き場を失い、だらんと垂れる。

 

 否、行き場を失ったのは、僕の腕だけではなかった。


「…………」


 だって、すみれの瞳も、蓮と菊乃の方こそ見ているものの、二人を全く捉えてはいなかったのだから。


 本当に二人の方を見ているのなら、そんな笑顔はできない。


 そんな、苦々しい、そんな辛そうな笑顔には、ならない。

 

 そしてすみれは、呟いた。


 僕に聞こえるか、聞こえないか、どっちでもよかったのか、どっちがよかったのか、とにかく何にも分からない。そんな曖昧な声音で。


 こう小さく、呟いた。


「それが、ちょっと、寂しい」

 


ご一読ありがとうございました。よろしければ感想等いただけますと幸いです。

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