表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CHANGE!  作者: ヒ日
PR
19/33

2


「おー流石、高級旅館の温泉だな。脱衣所も市内の遊園地のプール並みにひれぇ」

「高級感あるのかないのか分からない例えやめてよ……分かりやすいけど」


 午後6時半。


 そんないつもの馬鹿な会話を交わしながら、浴衣に着替えた僕と蓮は、どこの旅館も共通の『男』と青地に白抜きで書かれた暖簾をくぐって露天風呂の脱衣所に入った。


 入った瞬間、籐でできた床の感触と、温泉の脱衣所特有の匂いが香ってくる。


 温泉の成分が単純アルカリ性(ゆえ)か、一般の温泉のイメージにある硫黄(いおう)の匂いはせず、どっちかというと他のお客さんが使用したのであろうコンディショナーの方の匂いが強かった。ああ、ちなみにもちろん混浴ではない。一緒に来た菊乃とすみれは僕たち男が絶対に越えることができないあの赤字の布の奥へと吸い込まれて行ってしまった。なんと無慈悲なのだろうか。


「さて、んじゃまぁさっさと着替えて入りますかな」

「だね」


 手近にあったワンコインロッカーに貴重品を突っ込む。まだお風呂に入るにはちょっと早い時間でシーズン本番前ということでそこまで客は多くないのか、角のロッカーを確保できた。あとは浴衣と下着を脱いでアツアツの湯に体を浸すだけだ。


 だけ、だったのだが……

「? んだよ累、脱がねぇのか?」

「端的にそういう台詞を言わないでよ……なんか誤解されそうじゃん」


 言葉だけ聞くと完全にアウトだ。ひまわりあたりに聞かせれば赤面しながら殴られてもおかしくない。


「はっはーん。なるほどねぇ。また男として敗北した気分になるってことか。まぁまぁ大丈夫だよ。俺が特別なだけだから」

「うるさい……」


 しかしどんなに強がったところで事実なのだった。


 そう。やはりこの隠れマッチョと、男を異常に主張してくる下半身の前では、裸だけにどうにも尻込みしてしまう。これまで何度か皆で旅行することはあったのだけどその度に敗北感を与えられてきたので若干トラウマになってしまっている。一応僕も多少は頑張ってはいるのだけれど(もちろん筋トレのことだ)、最初から栄養豊富な土で育つ苗に、荒野の苗が勝てるわけもない。


 そういう理由もあり、結局蓮は裸、僕はアメニティとして置いてあったハンドタオルを腰に巻くという、またしても圧倒的敗北感を味わうだけの結果に落ち着いた。なるほどこれが腰抜けって言うのかなとも思ったが、蓮に爆笑されるのも(しゃく)なので控えておく。


 若干ナーバスな気分で横開きの大浴場の扉を開ける。しかし、開けた瞬間、そんな気分は一瞬にして目の前の湯気と共に雲散霧消した。


「おー! すげぇ! ひれぇこえぇ!」


 蓮が小学一年生みたいな感想を、洗い場に向かいながら叫んだ。


 おそらく普段の僕なら恥ずかしいからやめてと(たしな)めていたところだろう。しかし、この瞬間だけは、100%それはできなかったと断言できる。だって、おそらく頭で考えたことを自動で口にする機能があれば、僕もそんな感想を喋っていただろうからだ。


 そこには、圧倒的優美が広がっていた。


 優美。そう例えるしかない。


 目に飛び込んでくるのはライトアップされた起伏に富んだ箱根の山々。


 まるで神々のベッドのように一面、真緑の葉で敷き詰められている。


 周りに遮蔽物が一切ないため、旅館の露天風呂なのにも関わらず、山の中の秘境の温泉にいるような、そんな神秘的な気分と解放的な気分で満たされる。


 しかも、上空には美しい星空。


 それはかのマリ帝国9代目の王、マンサムーサがメッカ巡礼の際、カイロで配った金をそのままちりばめたかのように燦然と輝いている。

 

 月も丁度満月で、その淡くとも柔らかい銀の光を、惜しみなく僕たちに浴びせてくれている。先ほど木々を神々のベッドのようだと例えたが、本当に、神々の安息地のようだった。


 ……しかし、 


「こんな神秘的な場所に男とほぼ二人きりとか……拷問だな」

薄々(うすうす)感じてることを言わないで……仕方ないでしょ。男湯なんだから」


 先に言われてしまったので一応言い返してみたが、しかし120%同意だった。


 こういうところは恋人か、もしくは気分を独り占めできるおひとり様で来たい。


 同性の友達二人だと、景色の優美さが逆に自分たちのみじめさを浮き彫りにするかのようで、なんだか悲しくなってしまった。


「ま、深く考えないことにしようぜ。それよか早いとこ体洗っちまって入っちまおう。さみいし」


 同感だ。


 ささっと洗い場で自身の清掃を済ませる。


 山の中ということもあり、風はかなり強い。


 夏場とはいえ悠長しているとすぐに体が冷えてしまう。


 本来体を温めるはずの温泉で、風邪をひいてはいたたまれない。


「んーーーー!きもちぇーーーー!」


 かけ湯を済ませ、共に全身まで湯船につかると、蓮が気持ち悪い声を発した。きもちぇーって……。 


 しかし、言葉自体は否定しても気持ちは全同意。最初は野郎二人でうぇ……って感じが否めなかったが、しかし、これは本当に最高だ。景色気温気分。全てがパーフェクツ。そういう法律でもあるのかと思ってしまうくらい、温泉に来ると誰もが口にするから、あまりにもありきたり過ぎて正直言いたくなかったのだけど、これは言うしかあるまい。ああ極楽極楽。


 それからしばらくの間、僕達は無言で温泉を満喫する。


 しかし、いかに気の置けない間柄の友人とはいえ、あまりに沈黙が長すぎると気まずくなる、とは言わないまでも、なんだか物足りなくなってしまうもの。それを察してか、ふぅうーと何やら聞いたことのない長い溜息を吐いた蓮は、ゆったりとした口調で夜空を見上げながら言った。


「にしても、大変なことになっちまったな」

「そうだね」


 ひまわりがいなくなり、蓮のドッペルゲンガーが現れ、そのドッペルゲンガーに襲われ、旅館まで逃げ、そして更に菊乃のドッペルゲンガーまで現れた。これがたった二日の間に起きた出来事とはとても思えない。


 この二日間のことを思い起こしているのだろうか。蓮はまだ星空を見上げている。そしてその体勢のまま、とんでもないことを言ってきた。


「俺さ、告られてたんだ。ひまわりに」

「は!?」


 僕の悲鳴じみた声を聞きつけた数少ない他のお客さんが一斉に僕たちの方を振り向いた。慌てて僕は四方に頭を下げる。その間も蓮は天体観測でもしているようにずっと夜空を仰いでいる。


「え? いや、ほんとなの? ていうか、いつ?」

 

 なぜこんな平然としていられるのか分からない。が、そんな僕とは対照的に連はあくまで冷静に続ける。


「一昨日の夜。ほら、あの日、お前と菊乃と一緒に帰らなかっただろ。あの時、二人で会って、ひまわりの家の前で告られてた」

「一昨日って……ひまわりがいなくなった翌日じゃん。何で言ってくれなかったの?」

「……勝手に言えると思うか? ひまわりがまだ死んだかどうかも分かんねぇのに。お前と二人きりで、ここなら菊乃とすみれには聞かれないから言ってるんだぜ?」

「……!」


 穴があったら埋まりたい気分に僕はなった。蓮の言う通りだ。なぜひまわりの気持ちを僕は考えなかったのか。最低だ。……いや、待てよ。告られたって……。それじゃあ、その蓮の返事によっては……。


 が、その心配は杞憂だったらしい。僕の表情であらかた察したのか、


「ああ。安心しろよ。結論は一日待ってもらうように頼んでたんだ。だから振られたショックでってことはたぶんねぇよ。仮にそうだとしても、情報まで消えちまうのはわけわかんねぇし」


 そう言って苦笑いを向けてくる。が、それもつかの間。またしても夜空を見上げると、


「けど、ま、答え自体はほとんど決まってたようなもんなんだけどな。ひまわりのことは確かに好きだよ。尊敬もしてる。あの年でプロデビューはほんとにすごい。それに……プロポーションも抜群だし。……でも、きっと断ってた」


 そう、湯気に溶かすように言った。


 驚きはしなかった。なぜなら、


「菊乃?」


 僕の言葉に一瞬蓮は驚いた様子を見せた。が、すぐに


「ばれてたか」


 と笑みを浮かべる。


「すみれの奴が昨日余計な事を言ったからか?」


 昨日とはつまり、蓮がすみれに、菊乃と喧嘩した後のことを気にしていたと暴露されたことだろう。けど、残念ながらその推理は不正解だ。


「いや、それよりもずっと前から。だって蓮、菊乃と話すときだけいっつも素だし。菊乃のことになるとすぐむきになるし」

「な……!」


 おお、まだ十分(じゅっぷん)も浸かっていないのにすっかりのぼせてしまったらしい。真っ赤っ赤だ。この軟弱者め。


「………」


 ()ねたのか、蓮は鼻の下まで湯に浸かってしまった。そして水中で何事か文句を言っているのか、ぶくぶくと泡を立てる。『覚えてろ』と言っている気がする。しかしそれにもやがて飽きたのか、それとも本当にのぼせそうなのか、蓮は顔を上げ、背もたれに使っていた後ろの石垣に肘をかけた。そして僕を一瞥する。


「お前、なんか変わったな」

「え?」


 変わった?僕が?


「いや……そんなことないと思うけど……」

「いや、変わったよ。なんていうのかな。男らしくなった気がする。以前のお前はこんな風に俺をいじるようなことはしなかっただろ?」

「あ」


 確かに、そうだ。


 僕は誰かにツッコミを入れるようなことはあっても、そんなコミュニケーションを取ることは今までほとんどしてこなかった気がする。けど、じゃあ、なんで。


「さぁね。ま、男ってのは戦いに燃えるもんだからな。それで強くなったんじゃねぇの。不謹慎かもしれねぇけどな。……そんなところがあいつはよかったのかね。……いや、それは関係ねぇか」

「? 何か言った?」

「いや、何でもねぇよ。それよりそろそろ出ようぜ。呑気にしてっとのぼせちまいそうだし。それにたぶんあいつらも出る頃だ。同級生女子の湯あみ直後の浴衣姿なんて、見逃しちまったら男として永遠の恥だぜ?」


 蓮はそう言って立ち上がり、芝居がかったように髪をかき上げる。


 ……いや、何か俺かっこいいこと言っちまったーみたいな顔してるけど、実際はかなり最低な発言なんだが……。さっきもひまわりのプロポーションがどうのこうの言ってたし。


 ……が、しかし、それが最低な発言だからと言って、それで僕がその提案に乗らないかと言えば、それはまた別問題だ。僕としてはこのまま蓮に菊乃のどういうところが好きなのか語らせるのも悪くないかもしれないと思っていたのだけれど、そんな悪代官みたいな提案を出されれば乗らざるを得ない。まさしく悪乗り、という奴だ。


 立ち上がる。


 のぼせあがった頭で、僕たちは露天風呂を後にした。


ご一読ありがとうございました。よろしければ感想等いただけますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ