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「全然相対しなかったドッペルゲンガー。出てくりゃ解体してやったのに限界まで」
「ラップを引きずらないで……あと解体しちゃダメだろ」
午後6時。
夕暮れの中、あんまり暗くなりすぎるのもまずいので、そんな馬鹿なやり取りを交わしながら、早めに作戦を終えた僕たちは旅館へと帰途についていた。
まだ暦上は夏なので川の照り返しがきつい。しかしその夏も徐々に終わりに近づいているということもあってか、箱根の優美な景色とも相まって、見た目より不快ということはなかった。
しかし、そんな素晴らしい景色とは正反対に、肝心の作戦の方はと言うと……
「ま、まぁ、一回は菊乃のドッペルゲンガーは捕まえられたんだしさ……。一応成功でいいんじゃない?……えっと、つかめてきたんじゃないかな傾向!」
「迎合しなくていいよラップに……」
すみれまでやり始めたらいよいよ歯止めが利かなくなる。いつの間にウチのグループはゲーマーからサイファーになったのか。
が、後半のラップはともかく、前半の方に関しては半分くらいは同意できる点ではあった。
すみれの言う通り、午後4時くらいに菊乃のドッペルゲンガーを一度捕まえることには成功したのだ。そして消えるまで話しかけても一切奴らは喋ろうとしないこと。捕まえたときに抵抗するパワーが、やはりオリジナルとほぼ同じなこと。直接触れること。そして僕たち第三者が見ると8秒くらいで消えてしまうことも分かった。
しかし、分かったのはそれだけだ。
なんせ質問をしても喋ろうとしないのだ。
なぜこんなことをしているのか。
お前たちは何者か。
菊乃や蓮以外のドッペルゲンガーはいるのか。
ひまわりのことは知っているのか。ひまわりはどこに行ったのか。
それらを聞いてみても一切返答はなかった。
もちろん意図的に口を開いていないだけなのかもしれない。
しかし、印象としては声帯や感情そのものがないような印象だった。
喋ろうとしないのではなく、喋れない。
これだって得られた情報の一部だと言えばそうなのかもしれないが、しかしこれで十分かと言えばそうではないだろう。要するに僕の立てた、仲間を危険に晒してまで行った作戦はほとんど失敗に終わってしまったということだ。
申し訳ないという感情と同時に、それ以上にこれからどうしようという思いが湧き上がってくる。
一応、明日もこの作戦を続けようということにはなっているが、果たしてそれでいいのか。何か工夫を加えるべきなのだろうか。それさえも分かっていない状況だ。
と、そんなことを考えつつ歩いていると、
「ねぇ、せっかくだしさ、一回入らない?」
すみれがいきなり、そんな相変わらず不可思議な日本語を言ってきた。
「入る? 何に?」
訊くと、まるでピーマンを食べろと言われたときみたいな顔になるすみれ。げぇ、というあの顔だ。いや、なぜそんな顔をされなくてはならない。
「何にって……累、ここがどこか忘れたの?」
「いや、流石に分かるよ。箱根でしょ」
「そうじゃなくてさ……ここ、温泉」
「……ああ」
ここでやっとさっきの『入る』というさっきの言葉とつながった。そうか。こんな状態だから完全に失念していた。つまりすみれは、この世界で最も優美で歴史のある場所である(僕調べ)この箱根温泉に入ろうと言っているわけだ。
……いや、けど、いいのだろうか? だって、ひまわりは……。
「確かにひまわりの安否も分からない状態なのに、呑気かもしれないなって思うよ。けどさ、別に温泉って言っても要はお風呂に入るだけなんだから。時間も無駄にしてるわけじゃない。それにリフレッシュにもなるかもしれないよ? それくらいならひまわりも許してくれるんじゃないのかな?」
そんな感情がもろに顔に出てしまっていたらしい。優しい口調で、すみれは僕を気遣ってくれる。
またもすみれに心配をかけてしまったことを恥じながら、僕は頷いた。
「……まぁ、たしかに」
すみれの言うメリットもあるし、他にも、人の目もあるから安心してお風呂に長く浸かれるというメリットもある。
ドッペルゲンガーが他のお客さんに手を出さないとも限らないが、しかし温泉というのは裸で入る以上、布以上の物は持ち込めない。持ち込んできたとしても、そんな物を持っていればすぐさま注目の対象になる。注目の対象になれば、僕らが気付くし、気付けばドッペルゲンガーは消える。
浮ついているようで、実は意外と賢い判断なのかもしれない。
それに確か、僕たちの泊まっている旅館は露天風呂が有名と看板に書いてあった。ここらで一回入っておくのも悪くないだろう。
蓮と菊乃も特に反論はないのか、頷く。
それを見たすみれはとびっきりの笑顔を浮かべた。
「じゃ、お風呂から出たら隣のゲームセンターで待ってるからね。エアホッケーがあったから勝負しよう!」
……あれ、やっぱり浮かれてる?
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