6
「絶対に一人にならない? んな小学生が下校する前に先生から受ける忠告じゃあるまいし。そんなんで防げんのかよ?」
机に肘を置き、90度に曲げ、掌で皿を作るようなポーズで蓮はそう言った。
まぁ、蓮がそう思ってしまうのも無理はないだろう。というか僕が連の立場なら間違いなくそう問い返す。
だから僕は味方を増やすことにした。どんな間違った意見でも変な意見でも賛同者さえ生まれればそれは説得力というものを獲得する。
「菊乃。さっきトイレで僕が蓮と、蓮のドッペルゲンガーを見た後、トイレの蓋を取ってもう一度トイレの中を覗き込んだら蓮のドッペルゲンガーが消えていたことは言ったよね?」
「ええ、そうね。けど、それがどうかしたの?」
「それがもし、二人が同時にいるところを僕が見たから消えたって考えたら、どうかな?」
「え? それってどういう? ……あ、まさか、そういうこと?」
流石SFオタクの菊乃さん。これだけで色々察してくれたらしい。菊乃を一番最初に味方に引き込んだのは正解だった。が、やはりまだ菊乃以外はピンと来ていないらしい。蓮は若干腹立たし気な顔で、
「おい。どういうことだよ。何ふたりだけで乳繰り合ってやがんだ。俺たちだけ仲間外れか。二人用なのかよ」
蓮が勝手に僕達をジャイ●ンとス●夫扱いしてくる。……いや、一番菊乃がそういうのに理解がありそうだったから菊乃に話を振っただけで、別に意地悪しているわけではないのだが……。
菊乃からも何か反論してもらおうと思って一瞥する。が、普段ならまず間違いなく蓮にトゥーキックをかましているであろう菊乃はどうしたことか、「ちちくり……」と顔を赤くし呆然と呟くだけで、蓮を半泣きにさせるようなこともない。が、やがて見られていることに気付いたのか、お茶を一口含むと、まるでそうすることで自分はいつも通りだと主張するかのように、冷静かつ、普段のクールな表情で蓮に語り始めた。
「パラドックスよ」
「パラドックス?」
訝し気にオウム返しする蓮。
「そう。例えばこの世界にはあなた、弓弦羽蓮は一人しかいない。一人もいてほしくないけど一人しかいない。仮にそれをこの世界の絶対の法則とする。けど、そんなあなたの前に全くの同一人物、記憶性格体格全てが一致した人間が現れたらどうなると思う?」
「しれっと一人もいてほしくないとか言ってんじゃねぇよ……。説明の途中で罵倒すんな。……いや、けど、そういうことか。だから二人一組でいようって、そういうことなんだな」
「え? え? 何? また、私だけ分かってない感じ? 三人用だったの?」
「だから仲間外れにしてるわけじゃないって……」
みんなドラえ●んが好きすぎる。僕はそれこそドラえ●んに泣きつくの●太くんみたいな顔をするすみれに、
「要するに世界に全く同じ人間は二人いちゃいけないってことだよ。それはパラドックス、つまり世界の法則に矛盾してしまう。だからドッペルゲンガーはオリジナルと会えば、そのオリジナルを消すことができるけど、逆にドッペルゲンガーはオリジナル以外の人に二人でいるところを見られちゃうと消えちゃうってこと。ドッペルゲンガーはあくまでドッペルゲンガーだ。同じ人間が二人いれば、消えるのは当然、オリジナルではなく、ドッペルゲンガーの方に決まってる。だからドッペルゲンガーに消されたくなければ、自分以外の誰かと行動していれば基本的には消えることがないってこと。実際、僕が蓮と蓮のドッペルゲンガーが二人でいるのを見た直後、ドッペルゲンガーは消えたわけだしね」
「あ、そっか。たしかに」
納得がいったのか、すみれはもはや古の所作と化した、掌を一度拳で叩くジェスチャーを取って頷いた。
それに対するツッコミはめんどくさいので今はやめておくとして、ともかく、今日の昼、教室で初めて蓮のドッペルゲンガーを見たときに、すぐに消えてしまったのも、それが原因だったのだろう。あの時は瞬間移動でもしたのかと思ったが、しかし、そんな超能力的なソレではなく、単にオリジナルといるところを見られてしまったから、消えた。そう考えれば、さっき僕が提唱した説にもより説得力が増す……はず。
「そういう防衛策を考えたのは分かった。そんでまぁ、俺もそれに賛成だ。丁度男女二人ずついるし、俺は累。すみれはそこのドSFオタクと一緒にいればいいってことだな」
「ドSFオタクって誰のことかしら?」
「けどよ、相手は化け物なんだぜ。しかも制約はあるとは言え、見た相手を消しちまうような。そんな奴、いきなり壁とかすり抜けてくんじゃねぇのか? それこそ今回みたいに個室トイレに入ってるときにいきなり来られたらアウトだろ」
と、僕は自分の論が正しいと思い込もうとしているんじゃないかと疑い始めていたところ、まさしくジャストタイミングとしか言いようがないタイミングで、蓮がそう問うてきてくれた。ナイスだ。やっぱり蓮は頭がいい、というより視野が広い。物事を理解するだけでなく、それに付随する問題点をすぐに発見する能力に長けている。きっと、おちゃらけているように見えて、なんやかんや仲間思いなところが活かされているからだろう。……けど、連、僕は仲間だけじゃなくて自分の体も心配した方がいいと思うんだ。
僕は、何者かに太ももにかかと落としを喰らわされ、悶絶する蓮を眺めつつ、
「うん。それも今考えてた所なんだけど、たぶん、大丈夫。蓮。蓮がさっきトイレに入ってた時、あのドッペルゲンガーはどうやってトイレに入ってきたの?」
「ってぇ……これ絶対青タンできてるぜ……え? ああ、それは、累みたいに扉をよじ登って……ん?いや、そうか」
最初は眉根を寄せていたが、何かに気付いたのか、首を捻り、中空を見つめる蓮。そして得心がいったのか、さっきかかと落としを喰らった太ももパンと叩いて、それがさっきかかと落としを喰らった場所であることに気付いて呻きながら、
「あいつらは化け物ではあっても、能力は人のそれと変わらねぇんだな。幽霊みてぇな力があるならすり抜けちまえばいい」
「うん。そうだと思う」
頷く。
もし人外じみた力があるなら、テレポーテーションするなり、扉を素手でぶっ壊したりしてトイレの中に入ればよかった。しかし、蓮のドッペルゲンガーはそれをしなかった。つまり、
「予想だけど、肉体の能力は本人とほぼ同じに設定されてるんじゃないかな。蓮もトイレでドッペルゲンガーに押さえつけられてはいたけれど、あれは肉体が消え始めていて力が入らないから抵抗が難しかっただけで、本来なら互角程度の勝負には持って行けたと思うんだ。もちろん、推測の段階だから油断は禁物だけどね。けど、起きてる時や一緒にいて、風呂やトイレの時とか一人にならないといけない時も極力近くにいる。寝てる時は部屋に鍵をかけて、交代制で睡眠を取る。これだけすれば。比較的安全に過ごせるんじゃないかな……と思う。みんな、どうかな?」
僕は自分の意見に対する自信の無さから顔を伏せたい気持ちを何とか抑えつつ、決して流暢とは言えない口調でそう述べた。
僕なりに真剣に考えたつもりだ。しかし僕ごときの考えだ。おそらくどこかに粗はあるだろう。だから批判も反論も拒絶もどこかの温泉くらいにはわき出してくるはず。
そう、思っていたのだけど、
「うん。いいと思う。というか、私は他に策思いつかないし」
恥ずかしそうに頭をかきながら、真っ先にすみれが肯定してくれた。
菊乃と蓮も、すみれほど露骨ではないが、慎重に顎を縦に振ってくれる。……意外だ。僕みたいな奴が考えたアイディアだ。すみれはともかく、僕なんかより圧倒的におつむがいい蓮や菊乃からすれば、穴だらけ見えるものだと思っていたのだけれど……しかし、なんにせよ、これで第『1』関門突破だ。
「それで、累。あと一つ、あるんだよね? 最初に累は見解と防衛策と対抗策を話すって言ってた。今までのは見解と防衛策の話だったから、あと一つ、対抗策が残ってる」
……流石、人の話を聞くことにかけてはプロのすみれだ。伊達に曲者が多いうちのグループのリーダーをやっているわけじゃない。
そう。すみれの言う通り、あと一つ、対抗策が残ってる。
そしてこの対抗策が、最も重要で、且つ、もしかしたらものすごい批判を浴びるかもしれない方針だ。
正直、あんまり話したくはない。
おそらくこれまでの僕なら絶対に話すことはなかったはずだ。
しかし、ことがことだけに、僕の気持ちなんかを勘定に入れている場合ではない。
なにせ――ひまわりを助けるために必要なことかもしれないのだから。
僕はお茶を一口含み、いつの間にかすっかり温暖湿潤気候から砂漠気候に変化していた口に、潤いを与える。
一息で飲み干し、一度深呼吸し、一気に顔を上げ、そして一直線に、言った。
「ドッペルゲンガーを、捕まえたいんだ」
ご一読ありがとうございました。もしよろしければ感想等いただけますと幸いです。




