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「もうお嫁に行けない……」
「男子トイレを覗いたくらいで大袈裟だな。それで嫁に行けなくなるんだったら累なんてもう一生独身だぜ?」
「だから僕を変態に仕立て上げようとしないで。というか、それは蓮の方だろ。小学生の時教師用の女子トイレに突っ込んで担任の先生を涙目にしたことを僕は忘れてないぞ」
「あれは痛快だったなぁ」
「懺悔しなさい変態」
未だにさっきの出来事を引きずって赤面するすみれを尻目に、またぞろ火花を散らし始めた二人を鎮火する僕。ほんと、些細なきっかけですぐ燃え上がるなぁ、このお二人さんは。ニトログリセリンかなにかか。
午後19時半。
やっとの思いで旅館についた僕達は浴衣に着替え、すみれと菊乃の泊まる女子部屋に集まっていた。
僕が旅館に着いたら話したいことがあると言って呼び出したのだ。
箱根の温泉旅館ということもあって、部屋はかなり広く掃除も行き届いている。
景色も最高で、今は夜なのでよく見えないが、昼間は箱根の山々を一望できるのだとか。
ちなみに僕と蓮の男部屋は、部屋の中自体は同じなのだが、肝心の景色と言えば別の旅館の外壁を好きなだけ眺めまわし放題という、なんとも堅実なチョイスだ。
……蓮に対する嫌がらせのつもりだったのだろうが、できれば僕は巻き込まないでほしかった。
「それで、累。話って何? トイレで起こったことなら、旅館に来るまでの道中で聞いたけれど。他に言い忘れたことでもあったの?」
「ううん。言い忘れたことじゃないよ。ただ外ではちょっと言いにくい話で」
「外では言いにくい……」
「そんな目で僕を見ないですみれ。僕を変態扱いしないで。そういう話じゃないって」
「おい、そういう話ってどんな話だ。まさか、どっかの口が悪い女が、お前が電車内ですみれに突き出してたシュウマイを――いってぇ!」
「うるさい! うるさい! うるさい!」
突如座卓の下で蹴り合いを始める二人(叫び声から察するに9割蓮が蹴られている)。何やってるんだ一体……。というか、シュウマイってなんのことだろう? 話の流れ的に、多分電車内で、僕がすみれにしゅうまいをあーんさせようとした時のことだと思うんだけれど。でも菊乃がそのことに対して、何かアクションを取るとも思えないし。強いて言うならそれを汚いと思ってた的な感じだろうか。でも別にそれを暴露されそうになっただけで菊乃がそこまで怒るとも思えない……って今はそんなこと考えている場合じゃないな。
「とにかく、別に恥ずかしい理由でも何でもない。ただ秘密の漏洩を防ぎたがっただけだよ。外だと、どこにドッペルゲンガーが潜んでるか分からないからね」
「え、それってつまり……?」
喧嘩する二人と入れ替わるように、ようやく羞恥心から立ち直ったすみれが問うてくる。僕は頷く。
「……うん。ドッペルゲンガーの生態についての僕の見解と、それを踏まえた防衛策と対抗策を話しておきたいと思って」
「ほんと!?」
机をたたき、乗り出し、すみれが僕を覗き込んできた。
大袈裟だが、しかし乗り出してこそいないものの、蓮も菊乃もすみれと似たような顔をしている。さらに顔を近づけてきてすみれが問うてきた。
「何何!? 教えて教えて! ムリー!」
「それ言うならハリーでしょ。何で教えを乞うておいて自分で否定してんのさ。ていうか、近い」
ぎゅむぎゅむと両手ですみれのほっぺたを挟んで押し返す。机の上にあった茶菓子を与えて何とか座らせた。まるで主人が帰ってきた時の犬みたいだ。それでいて猫並みのやわらかさだっていうんだから反則過ぎる。
「それで累。その生態と防衛策と対抗策って、何なの?」
何故か少し声を低くした(ほんとに何でだ?)菊乃が問うてくる。
「ああ、うん」と僕は頷く。
「生態については、まだ確証を持てない部分が多いし、対抗策も、この後まだ少し、話し合いたい。けど、防衛策だけは、きちんと見つけられたと思う。それは――」
「それは?」
僕は答えた。
「絶対に、一人にならないことだ」
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