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座席のクッションが薄いからか、ガタゴトと、大した揺れでもないのに、振動がやけに響く。
夜間の下り列車ということで本来乗客は多いはずなのに、今日に限って少なく、真夏にも関わらず人気が無いせいでうすら寒い。
車窓からの眺めは、反射する車内とボックスシートに座る僕達四人の姿が映し出されているだけで、あとはただ今の僕達の気分同様、時々まばらに映り込むマンションの光の他は、ひたすら漆黒が続くのみだった。
菊乃の親が二泊三日の旅館の手配をしてくれてから二時間後。
僕達三人も急ではあったが何とか旅行(親にはそう説明した)の許可を親から得ることに成功した。
そして帰り際にドッペルゲンガーに襲撃されてはまずいので、四人で固まってそれぞれの家へ寄り、一人ずつ荷造りをしてはまた他のメンバーの家に行き、荷造りをするというのを繰り返し、先ほどやっと茅ヶ崎駅で乗り換え、熱海行の行きの車内に乗り込んだ。あとは小田原で箱根登山鉄道に乗り換え、旅館のある箱根湯本駅を目指すだけだ。
「…………」
……だけだったはずなのだが、しかし、その空気はどんよりと鉛のように重たかった。
本来友達と観光地へ行くというのは人生でも一、二を争うほど楽しいはずのイベントだと思う。が、僕達四人の間に会話はない。
それはもちろん友達の存在が消えていたということや、恐ろしいドッペルゲンガーから逃避行だからというのもある。だけど、原因はそれだけではなかった。
「ひまわりのお母さん、ほんとに覚えてなかったね……」
ワンピースのスカートに視線を落としたまま、すみれは小さく呟いた。
そう。
僕達は電車に乗る前に、駅近くにあるひまわりの家に寄って、インターホンを押して出てきたひまわりの母親に、ひまわりの所在を問うたのだ。
しかし返ってきたのは「私に娘なんていませんよ」という言葉と、申し訳なさそうな顔だけで、ついぞ僕達はひまわりの情報を聞き出すことはできなかった。
きっと彼女が嘘をついていたということもないだろう。
だって、素直で大人しい、ひまわりにものすごく似ていた人だったから。
「……って違う違う!こんなんじゃない! 私たちはこんなんじゃない! もっと明るい話をしよう! 悲しんだって何も進まない! ひまわりを取り戻せないないって決まったわけじゃない! 考えよう! 考えよう! なんでもいいから前向きな話しよう! その方が絶対ひまわりは嬉しいはずだよ!」
「すみれ……」
すみれは膝を叩き、首をぶんぶんと扇風機みたいに振った。
グループのリーダーで、且つ、メンバーの不仲を最も嫌いとするすみれだ。
この暗い空気を払拭しようと気を遣ってくれているのだろう。
けど明るい話と言っても、実際の所はどうすれば。
が、その瞬間だった、
——くきゅう。
「……っ⁉」
そんな場違いなほど間抜けた音が斜め前から聞こえた。
お客さんも少なく、しゃべり声もほとんどないため、車内に響き渡るそんな、間抜けた音。おそるおそる音源を探ってみると、真っ赤な顔を浮かべた菊乃が自身のお腹を押さていた。
「おー、虫の鳴き声が聞こえるなー。こんな緊迫した場面で。腹黒い女の腹からよー。どこだー鳴き虫はー」
「っ……! うるさいっ!」
「うるさいのはお前のお腹だろ?」
「この――!」
「……ま、まぁ、昼から何も食べてなかったしね……」
こんな場面で、こんな場所で喧嘩をおっぱじめられるのだけは困るので、僕は体を伸ばし、菊乃と蓮の間に割って入る。
鳴っていたのは、菊乃のお腹だった。
体がエネルギー不足による警鐘を鳴らした、有体に言えば、お腹がすいてしまったということだろう。
まぁ、確かに場の雰囲気には見合わない、というか聞き合わない音だったかもしれない。
けど、責められたものでもないだろう。さっき言ったように、事件があまりに衝撃的だったこともあり、僕たちは昼以降何も口にしていないのだ。むしろそれを自覚すると僕もお腹がすいてくる。旅館に着けば嫌でも贅沢な食事が待っているのだろが、それでも空腹は耐え難いものがある。
と、思っていたら、
「くっくっくっ」
声のした方を見ると、腕を組んで目を瞑ったすみれが、何やら肩を揺らして笑っていた。
「どうしたのさすみれ。そんなテンプレートなヒールキャラの笑い方して」
「ヒールキャラじゃないよ。どっちかって言うとヒーラーさ。ワトスン君。私がそんな初歩的なことも考えていないとお思いかな」
いや、僕ワトスンじゃないし、ていうか、僕はプルーンならぬブレーンじゃなかったのか。あとそもそもホームズにヒーラー要素なんてないだろうと、怒涛のツッコミを僕が披露する前に、
「じゃーんジャックルソー!」
と、急に立ち上がると、上の荷物入れにあったボストンバッグから何かを取り出し、それを膝の上に置いて、どっかのすし屋の社長みたいな大袈裟な身振り手振りでそれを紹介した。
そこにあったのは、な、なな、なんと、ビニール袋に入った、それはそれは豪華な五つの寿司……ではなく、しかし、もはやそれを超える価値を誇っていると言っても過言ではない、崎陽軒のしゅうまい弁当と、そのレシートだった!
神奈川県民どころか、世界中で大人気な(僕調べ)あのシウマイ弁当である!
「って、どうしたの、これ?」
「ははははははー! さっき茅ヶ崎駅で乗り換えた時に金銭を供出する代わりに店から四つ強奪しておいたのだー」
「だから何で悪役風……」
ホームズじゃなかったのか。というか、要するにただ金を出して買っただけだろう。なんともややこしい。
が、それでも助かることだけは事実だった。
しかも全宇宙中で一番大人気の崎陽軒弁当(僕調べ)とは。チョイスも素晴らしい。
……が、そんな完璧なすみれの行動だったのだが、しかし一点だけ、気になるところがあった。
「ねぇ、すみれ」
「ん?何々?ああ、お金なら半分くれればいいよ。全額去年のコミケの売り上げで払ったから」
「いや、それなら半分もお金取るのおかしいでしょ。そうじゃなくて、このレシート、お弁当のほかに、おにぎりも二つ、勘定に入ってるんだけど……それはどこにあるの?」
「ギクッ!」
探偵というか、証拠を突き付けられた犯人みたいにすみれは肩を震わせた。冷や汗を流し、視線を、訝しむ僕と蓮と菊乃の間であっちゃこっちゃ彷徨わせる。すごい。ここまでマンガに出てくる犯人役のリアクションをコンプリート出来る人間がいるなんて。
「え、えっとぉ……そうだワトスン君! それはどこに行ったのか推理したまえ」
「さっきの設定を引きずらないで。えっと、あなたの胃の中ですね」
「ふっ。どうやら君も成長したみたいだね。その調子で今後も頑張り給え」
「はい! ありがとうございます! って言うわけないでしょ。どうせ茅ヶ崎駅あたりでお腹が減ったからおにぎり買おうとして、そのついでに僕達の弁当を買うことを思いついただけなんでしょ」
「ささ、皆お弁当だよー。早く食べてー。鉄は熱いうちにぶて!」
華麗にスルーしてすみれは自分と僕達に弁当を配り、レシートと袋をくしゃくしゃにつぶしてポケットの中にねじ込んだ。いや、誤魔化せてないし、慣用句の使い方も、というか言葉自体間違ってるし。鉄を熱いうちにぶったら大惨事だ。何だろう。さっきまでのありがたみがものすごく薄れていく。
……ま、けど、弁当にありつけたことは幸いだ。鉄ではないが、お弁当は熱いうちに食べなくてはなるまい。
僕は橙地に赤い竜がプリントされた包装紙を開封し、木製の蓋を開ける。
まだ買ったばかりで温かいからか、開けるとほんのりと蒸気が舞った。
ライブでスモークの中、スター歌手が現れるように、弁当の中身が顕現する。
中は仕切りでごはんとおかずの二つに分かれていて、電車の照明に照らされ輝く白飯は八つのおにぎり状になっている。
おかずは五つのしゅうまい、からあげ、煮物、鮪の漬け焼き、卵焼きなど、所せましと、しかし決してガチャガチャはしておらず、むしろ整然とバリエーション豊かな食材が並べられている。これがまた食欲をそそらせる。
早速しゅうまいをパクリ。途端に肉汁が口内を侵食し、ごはん、おかず、ごはん、おかずの無限ループを作り出す。これが一個1070円というのだから信じられない。よく倒産しないな。あの会社。
誰にも求められていない食レポを自然に行ってしまうくらい気付かないうちによほどお腹がすいていたらしい。
僕と蓮は、気分的には弁当箱ごと飲み込んだんじゃないかというくらいの速度で箱の中身を空にしていた。
対するすみれと菊乃は女の子だからか、やはりまだ箸を動かしている(すれみの方はおにぎりが戦犯という気もするが)。三分の二ほど片付いているものの、箸の進み具合はそれほど芳しくはないようだった。
とか思いつつ、二人を何の気なしに見ていたら、
「はい。累、あーん」
「ぶっ!」
食後のお茶(家から持ってきていた)を危うく吹き出しかけた。当然だろう。だって、すみれが箸でつかんだシュウマイを僕の口めがけて箸だけに橋渡しするように突き出しているのだから。
「えっと、すみれ、それ、何?」
「ん? 筍煮の方がよかった?」
「食材の問題じゃないから。というか筍はすみれが苦手なだけでしょ。そうじゃなくて……あーんって……」
「? まだお腹すいてそうだったから食べさせてあげようかと思ったんだけど? 何? 累ったら、照れてるの? 初心だなぁ」
「…………」
どっかの南アメリカ大陸にまたがる川と同じ名前のECサイトを運営する会社のロゴみたいな笑みを浮かべるすみれにカチンときた。いいだろう。そっちがその気ならこっちにも考えがある。
僕はすみれの弁当箱に手を伸ばす。そして差し出されたシュウマイは食べず、もう一個、まだすみれの弁当箱の中にあったシュウマイを素手で掴み取った。
「……!? ちょっと! なにするのさ累! 人の弁当に! しかも素手で!」
「もともと一つくれる気だったんだからいいでしょ。それよりすみれ。はい、あーん」
「は!?」
箸で取ろうとすると、時間と手間がかかって滑り落ちそうだったので素手で取ったそのシュウマイを、僕がすみれの口に突き出すと、その口は目に見えてOの字に変化し、まだ食べてもいないのにパクパクし始めた。施しは施し返す。あーんされたらあーんし返す。人として当たり前の行動だよね?
「ほら、食べさせてあげるからすみれもそのまま口開けてて。すみれは僕とは違って初心じゃないんだから食べられるでしょ? それとも、まさか、あれだけ僕に言って置いて自分も食べられません、なんて言うつもり?」
「っ――⁉」
みるみるうちにすみれの顔は収穫前のリンゴみたいになった。
が、プルプルと肩を震わせるだけで、自分も先程同じ行動を取っていたからか、僕を非難するような真似はしないしできない。
そして、どれくらいの時間が経っただろう。
すみれは観念したようにカパリとちいさな口を開く。
そして、僕のしゅうまい(変な意味では決してありません)を咥えるように、その口を伸ばしてきて、ぷにっとした唇がしゅうまいの表面と触れ合い、そのまま僕の指ごと舌の上に転がそうと——
「ふん!」
――なんて、官能的な描写になることはなく、豪快にすみれはぶら下げられた肉をかみちぎるワニのようにそれを貪り食った。
そして、それだけでは終わらなかった。
「はぁんぐ!」
「あっ!?」
なんと僕に差し出していたシュウマイまでも自分の口に放り込んでしまったのだ。
「ちょっとすみれ! 何すんのさ!」
「うっさい! 累のバーカカンタ!」
「それを言うならカバでしょ! それだとジ●リの映画に出てくるどっかの面倒見のいいおばあちゃんみたいになってる!……ああ、腹減ってたのに……」
肩を落とすも、すみれはすっかり臍を曲げてしまったようで、窓の方を向いたままパクパク見せつけるように弁当をかっ喰らい始めた。
助けを求めるように左隣の蓮を見る。
が、蓮は左手で自分の口元を抑えプルプルする作業に必死でまるで使い物になりそうもない。そして最後に斜め左前の菊乃に視線を送ると、何故か菊乃は箸でつかんでいたシュウマイをやっぱり弁当箱に戻すという謎の行動を取っていた。そしてそれを見た蓮のぷるぷるが収まるという更なる謎現象まで起こる。……? 菊乃はいったい何をしようとしていたんだろうか? 食べようとしたが、やっぱりこれ以上は食べられないと腹が拒否したとか? けどその割にはすぐに箸を進ませ始めたし。
何がなんだから分からないまま電車は進む。
ただ、まっすぐ。
でも途中、傾いた気がした。
ご一読ありがとうございました。感想等いただけると幸いです。




