第35話「白亜紀の床と、静かなる指令室」
壁が乾き、頭上には機械仕掛けの太陽が輝いている。それは高密度光ファイバー採光システムによって地下空間に届く本物の太陽光なのだ。
さて、いよいよ地下10メートルにある第1基地の最後の仕上げ、「床」の施工だ。
私たちは、地下秘密基地専用に調整された『白亜紀ブレンド』の材料をミキサーの前に積み上げた。
私は袋を開け、その美しい鉱物たちを愛でるように確認し、極太の指先でその冷たい感触を確かめる。
「いいかビリー君。これはただのコンクリートじゃない。地球の記憶そのものだ」
私が熱っぽく語り始めると、ビリー君は「また始まった」とばかりに欠伸を噛み殺したが、私は止まらない。
「ベースとなるのは深緑のオリビンサンド( かんらん岩)。地球の血肉とも言えるマントルと同じ成分だ。そしてこの漆黒の石……ブラックシリカ( 黒鉛珪石)は、北海道の上ノ国町でしか採掘されない至宝で、半永久的に遠赤外線を放射し続けるらしい。もちろんマイナスイオンなんてものは発生しないぞ。それに白い珪砂と、調湿機能を持つゼオライトをブレンドするんだよ。これは効果抜群だ!」
これらを石灰、にがり、そして少量のセメントで練り上げる。水分を極力減らした、パサパサの「固練り」の状態にするのだ。
古来からの伝統技法である「三和土仕上げ」。強靭で呼吸する床を作るには、この固練りの土をひたすら物理的に叩き締めるしかない。
「さあ、一気に打設しますよ!」
大家さんが持ち出してきたのは、手作業で叩く重たい木槌などという牧歌的なものではなかった。燃料タンクの下に、無数の木槌がずらりと並んで取り付けられた異形の土木機械――「エンジン式タコス(複数形)タンパー」だ。
(待てよ……。天才エンジニアの大家さんなら、底面を分厚い鉄板にして一気にプレスした方が効率的じゃないのか? なぜわざわざアナログな木槌を大量に並べたんだ?)
私が不思議に思って視線を向けると、大家さんは私の疑問を察したように眼鏡を光らせた。
「いいですか、アキラさん。最近のチャーハンを作る全自動ロボットだって、わざわざ本物の中華鍋を振ってプロの味を再現しているでしょう? 三和土も同じなんですよ。本物の木で叩き締めるからこそ、土の呼吸が生きるんです。それに……この方が、お祭りの太鼓みたいで楽しいと思いませんか!」
「なるほど、ロマン最優先というわけですか」効率重視の大家さんらしくない。
「地下でエンジンを回すのは排気的にグレーですが、巨大換気扇をフル稼働させれば一時的には問題ありませんよ! 行きますからね!」
大家さんがスターターロープを勢いよく引く。
ババババババッ!! ドドドドドドッ!!
鼓膜を揺るがす轟音と共に、無数の木槌が超高速で上下し、固練りの白亜紀ブレンドを容赦なく乱れ打ちにしていく。分厚い土の層が、愉快なガトリングガンのような木槌の圧倒的な手数というパワーによってみるみるうちに圧縮され、鏡面のように平滑で強靭な岩盤へと変わっていく。
ビリー君も負けじと、タコスの入らない壁際を強靭な後脚でドシドシと踏み固めてくれる。彼の体重と鋭い爪が、床に絶妙なグリップ用の凹凸を刻んでいく。
――数時間後。
凄まじい騒音作業が終わり、床が人が乗っても沈まない絶妙な硬さになった頃合いを見計らい、私はチョークを手にした。
「大家さん、この30畳もの面積を一枚岩のまま硬化させるのはマズいかもしれませんよ。乾燥収縮で、不規則なひび割れ――クラックだらけになりますよ……。『切り目地』を入れて収縮を逃がさないと」
「ああっ、確かに! しかし、今から目地棒を用意している時間はないし、コンクリートカッターで切るのも大仕事ではありませんか?」あれだけの札幌軟石ブロックを積み上げた私にそれを言うのですか、あなたは……と、しみじみ思う。
しかし、困り顔の大家さんに、私はニヤリと笑って2メートル間隔のグリッド線を引いた。「大丈夫。うちに最高の『天然カッター』がいますから」
「さあ、ビリー君、出番だ。この線の上を、思いっきりガリッとやってくれ」
「Kururu!(任せな! 僕ちゃんの極上ネイルアートを見せてやるからな!)」
ビリー君は嬉々として、先ほど研ぎ澄ませたばかりの鉤爪( シックルクロウ)を床に突き立てた。
ガリガリガリガリッ!!
硬化しつつある三和土の床に、深く鋭い溝が刻まれていく。機械的な直線ではない、生物的で荒々しいパワーの痕跡。これぞ正真正銘の「ジュラシック・ジョイント」だ。
当然、溝の周りには大量の削りカスが出るが、心配無用だ。壁の隅で、現場監督のアダンソン先輩が触肢を振って合図を送る。すると、待機していたクロオオアリ部隊がわらわらとシルクの暖簾をくぐって現れ、自分たちの巣の材料にするべく、削りカスをあっという間に運び出してしまった。
「完璧なフォーメーションですね……」と、驚きを隠せない大家さん。(でも、あなたのマシンにはいつも驚きの連続です)
「よし、搬入だ!」
ガゴォォォォン……プシュー。
作業用エレベーターで、地上から機材と観葉植物たちが運び込まれる。
無機質な岩と土の空間を、地下の箱庭( ジャングル)へと変える緑の生命たち。私は次々と運び込まれる鉢植えを前に、再び変態的なスイッチが入ってしまった。
「ビリー君、よく見ておけ。この葉の深い切れ込み、これぞ王道たる『モンステラ・デリシオーサ』だ。この巨大な葉が展開する時の神々しさは何物にも代えがたい。そしてこっちの鉢は『モンステラ・ボルシギアナ・ホワイトタイガー』。見ろ、この完璧な白斑( しろふ)! 光合成の効率を落としてまで美しさを追求した、自然界の芸術品だ!」
私が鼻息を荒くして語り続ける横で、ビリー君は「また始まったよ」という顔でフイッと視線を逸らした。
「待て待て、無視するな。こっちの穴だらけの葉っぱは『マドカズラ( モンステラ・アダンソニー)』だぞ。お前の親友のアダンソン先輩と同じ名前だ、親近感が湧くだろう? んん?」
ビリー君は「食えない草には興味ねぇよ」とでも言いたげに、大きな欠伸をして寝転がってしまった。
やれやれ。この圧倒的な造形美は、ヴェロキラプトルにはまだ早かったか。
私は気を取り直し、部屋の奥へと向かった。そこには、私の本丸であるサーバーラックと巨大モニター群が鎮座する防災指令室( コマンドセンター)が設置された。
「……完成しましたね」
私が壁の真鍮ハンドルを回し、光を「夕暮れ」に調整する。
間接照明が、デリシオーサやビカクシダの複雑なシルエットを長く伸ばす。足元には、黒、深緑、グレーが混ざり合う荒々しい床。そこには、恐竜の爪で刻まれたワイルドなグリッドが走っている。
私たちは満足げにその光景を見渡した。
だが、その見え方は、種族によって全く異なっていた。
【視覚ログ:各生体による空間認識】
私( 人間・3色型色覚)
私の目には、ワイルドでハードボイルドな「秘密基地」が映っている。斑入りモンステラの白と緑のコントラストが目に優しく、モニターの青白い光が知的なアクセントになっている。ビリー君の爪痕が、デザイン上の力強いポイントだ。
ビリー君&スズメたち( 恐竜・鳥類・4色型+紫外線色覚)
彼らの目には、極彩色の爆発として映っている。
床のオリビンやブラックシリカが紫外線を含んだ人工太陽光を反射し、ネオンのように青白く蛍光発光している。植物の葉脈はくっきりと浮かび上がり、モニターは激しい情報の滝として認識されている。
アダンソン先輩( ハエトリグモ・超高解像度・広視野)
彼女にとって、この床は「区画整理された巨大な岩石の荒野( バトルフィールド)」だ。
タンパーで叩き固められた床のわずかな凹凸、露出した珪砂の一粒一粒が、鮮明なディテールを持って迫ってくる。ビリー君が刻んだ深い溝は、彼女にとってエリアを分ける「巨大な防衛線( 塹壕)」のように見えている。
クロオオアリ( 昆虫・赤色盲・偏光認識)
彼らの世界に「赤」はない。夕暮れの暖色は深い闇( 黒)として沈んでいる。
その代わり、床の鉱物が反射する「偏光」が、道しるべのように輝いている。彼らにとってこの基地は、光の反射角によって複雑に色分けされた、巨大な三次元マップそのものだ。
同じ場所にいながら、私たちは全く違う世界を見ている。
けれど、この心地よさは共通だ。
「Vamoose………(最高だぜ、ここ……)」
ビリー君が、地熱とブラックシリカの効果でじんわり温かい床に腹ばいになり、モンステラの大きな葉の下で満足げに喉を鳴らした。
私たちの「陽だまりの指令室」が、今ここに稼働したのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ビリーと過ごす北海道の冬の情景が、少しでも皆様の心に届けば幸いです。
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次話も、山悟荘でお待ちしております。




