第31話「地底の黒い職人たちと、働き方改革」
私たちが掘削の起点に選んだのは、山悟荘の裏手にひっそりと佇む「石蔵」だった。
明治の頃に切り出されたであろう、くすんだ灰色の札幌軟石が整然と積まれたその建物は、幾度もの冬を越えてきた重厚な威容を誇っている。
鉄錆の浮いた重い扉を開ければ、石特有のひんやりとした冷気と、永い時を封じ込めてきた古い湿り気の匂いが鼻腔を突く。この堅牢な静寂の底こそが、地下帝国へと続く入り口にふさわしかった。
「よし、ビリー君。ここが私たちの『玄関』だ」
私はヘッドライトを装着し、大家さんから借りたタブレットの地質図を起動した。ビリー君も特注バンドでヘッドライトを頭に固定し、やる気満々で鉤爪を打ち鳴らす。
「目標深度、地下10メートルの安定粘土層。行くぞ、ビリー君!」
「Vamoose(やってやるぜ! 僕ちゃんのドリルが火を噴くぜ!)」
ビリー君の掘削能力は重機顔負けだった。強靭な後脚で踏ん張り、鋭利な鉤爪を回転させるように地面へ突き立てる。ザクッ、ザクッという重い音と共に土砂が掻き出されていく。
私はマップを見ながら指示を出し、掘削された壁面に向かって大家さんから託された「瞬間硬化・断熱コーティング剤」を噴射していく。
作業開始から数日。
「……抜けたぞ!」
ビリー君の爪が空間を捉え、私たちは深度10メートルの安定地層へと到達した。そこを拡張しスプレーで固めると、とりあえずの拠点となる四畳半ほどの小部屋が完成した。(ひとまずここを第1基地としよう)
だが、人間(と恐竜)の欲望は底なしだ。四畳半ごときで満足できるわけがない。
「大家さん、深度15メートル地点まで掘り下げて、第2基地( ガレージ・物置)を作りたいんですが」
「ええ、その深さならインフラとも干渉しませんよ。存分におやりなさい」
お墨付きをもらい更に垂直に掘り進むことにしたが、排出される「残土」の処理が深刻な問題になった。
その時、アダンソン先輩が、壁の亀裂に向かって盛んに前脚を振り始めた。まるで部隊を展開させる海兵隊の分隊長バスケス( エイリアン2)のタクティカル・ハンドシグナルだ。
すると、その暗がりから、漆黒の装甲を纏った「彼ら」がぞろぞろと現れた。
「……クロオオアリ?」
札幌の市街地ではあまり見かけないが、自然豊かな南区や山沿いの民家には確実に生息している、日本最大級のアリだ。
体長は優に1センチを超え、黒光りする頑丈なアゴを持っている。地熱システムのおかげで、彼らも冬眠から目覚め、仕事を求めていたらしい。
ここに「異種族混成・地下開発共同企業体」が結成された。
【役割分担】
* 重機担当:ビリー君
硬い岩盤や凍土を、強靭な鉤爪で砕く破壊神。
* 現場監督:アダンソン先輩( メス)
唯一アリと意思疎通(振動とボディランゲージ)が可能。高い場所から全体を見渡し、的確なオーダーを出す女軍曹。
* 運搬担当:クロオオアリ部隊( 南区仕様)
砕かれた岩や土を地上へ運び出す、無数の黒い職人たち。
クロオオアリ、彼らの働きぶりは独特だった。よくある「バケツリレー」はしない。
一匹の巨大なアリが、自分のアゴで抱えられる限界サイズの土粒や小石をガッシリと咥える。そして、単独で壁を登り、地上へ運び、また戻ってくる。完全な「個」の集合体だ。
さらに驚いたのは、彼らの「労働基準」だ。
よくよく見ると、全体の2割ほどのアリが、壁の窪みでジッとして動かない。また、地上から戻ってきたアリも、すぐには働かずに触角の手入れをしたりして休んでいる。
「おいおい、サボってる奴がいるぞ」
私が指摘しようとすると、アダンソン先輩が「撃ち方待て(Hold Fire)」とばかりに脚を振った。
これはサボりではない。「働きアリの法則」だったのだ。
常に全員が働くと、疲労で一斉に動けなくなるリスクがある。だから常に2割を「予備戦力( 休憩中)」として待機させ、疲れた個体とスムーズに入れ替わるのだ。
人間顔負けのシフト制、完璧な「ホワイト労働」がここにはあった。
一方、地上の大家さんは、タブレットのモニターを見て戦慄の声を上げていた。
「なんてことだ……。土壌廃棄のロジスティクスが、AI制御されたドローン群より完璧ですよ」
アリたちは、運び出した土を一箇所に捨てない。
土蔵の隙間から外へ出ると、雪の迷路を通り、公園の植え込み、除雪された雪山の中、道路の側溝など、壱拾六軒町内会のありとあらゆる場所へ分散して、一粒ずつ捨てているのだ。
これなら誰にも気づかれない。恐るべき隠密性だ。
そして作業は順調に進み、深度15メートル地点。
カァン!
ビリー君の爪が、何か異質な響きを立てた。壁が崩れ落ち、そこに広がっていたのは――。
「おぉぉ……っ!」
目が眩むような「黄金の空間」だった。
壁一面に無数の金色の粒子と、握り拳ほどの金塊がびっしりと露出している。
とんでもない金鉱脈を引き当ててしまった。北海道にはかつてゴールドラッシュがあったが、まさか自宅(借家)の地下に眠っていたとは。
そんな事はおかまいなしに、実直なアリたちは動いていた。
彼らは「お、なんかキラキラした綺麗な石があるぞ」とばかりに、金の粒子や小さな金塊をアゴで咥え、いつものように地上へ運び出そうとしたのだ。
「待て待て待て!! それは出すな!!」
私は叫んだ。アダンソン先輩が猛烈な勢いで前脚を振り回し、床を叩いて「全軍、緊急停止!」の命令を出す。
出口付近まで行っていたアリの列が、ピタリと止まる。
そして「え? これダメなんすか?」という顔できびすを返し、金の粒を咥えたまま、ぞろぞろと地下へ戻ってきた。
大家さんに報告すると、彼は画面越しにクスクスと笑った。
「見つけてしまいましたか。……ですが、アキラさん。それは見なかったことにしましょう」
「やっぱり、そう思います?」
「ええ。大金は人を狂わせます。もし黄金のアリが町を歩いていたら、静かなこの町は一瞬でゴールドラッシュの戦場になりますよ。そんなの、野暮だと思いませんか?」
私もビリー君も、深く頷いた。
ビリー君は金塊の匂いを嗅ぎ、「Namoose(なんだ、食えねぇ石ッコロかよ)」と判断してすっかり興味を失っている。
アリたちは、せっかく運んだキラキラ石を元の場所に戻し、再び「ただの土」を運び出し始めた。
私たちは、その黄金の空間を分厚い壁面強化剤で厳重に封印し、その手前に普通の「第二秘密基地( 物置)」を作ることにした。
壁一枚向こうには、莫大な財宝が眠っている。
けれど、それを知っているのは、私たちと大家さん、そして口の堅い虫たちだけ。
それはそれで、とんでもなく贅沢な秘密基地のような気がして、私は少しだけ誇らしい気分で「休憩中」のアリの横に座り込んだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ビリーと過ごす北海道の冬の情景が、少しでも皆様の心に届けば幸いです。
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次話も、山悟荘でお待ちしております。




