第93話 新しい家
救出された翌日の夕方。アームステン島でてっきり船を降りると思っていたジェイが、自分と共に残ったことにスヴェンは驚いた。
「誘拐された時、俺の両親は殺された。今更家族のいない場所に戻ろうとは思わない」
じゃがいもの皮剥きを慣れない手つきでしながら、ジェイは淡々と言った。自分は親に望まれてあの施設に入れられた。どちらがより不幸なのだろうかとスヴェンは考え、すぐにやめた。不幸の重みなんて人それぞれだし、深く考えたところで気が滅入るだけだ。
スヴェンたちは船の上での仕事を手伝ったり、ぼんやりと雲を眺めたり、ダミアンの創作『ルイ・スタイナーの冒険』の語りを聞いたりして数日間を過ごした。
「俺にはお前らくらいの歳のガキが二人いる。そいつらにしてやろうと思って作った話だ。まあ、ほとんど実話だけどな」
そんな風に思ってもらえるダミアンの子どもたちは幸せだな、とスヴェンは羨ましく思った。
一週間経たないうちに目的のオークリー島へ船はついた。昼前の日差しを、スヴェンはやけに眩しく感じた。
「八人だ。大丈夫だよな?」
「もちろん! 誰でも受け入れるのが、ここのきまりだからね。……想定より少ないね」
先に船から飛び降りたダミアンは、迎えに出てきた黒髪に丸眼鏡の男と話し合った。
「思ったより施設内が酷かった。自分で動けないやつは洋の方に任せるって話にしてたから、置いてきたんだが……」
「そうか……嫌な話だね。でも、とにかく船旅ご苦労さま」
ダミアンと丸眼鏡の男の話は、船上のスヴェンたちの耳までは届いていなかった。ダミアンは、両手で丸を作ってメガホン代わりにし、叫んだ。
「よーし、ガキンチョ共、荷物を持って……って、なんもねぇか。そのまんま降りてこい!」
スヴェンたちが降りると、丸眼鏡の男に「よろしくな!」と言ってダミアンはすぐ船に戻った。
「じゃあな、ガキ共! たまに顔を見に来てやるかもしれねぇし、来ないかもしれねぇ。まあ、達者でな!」
スヴェンたちが別れの挨拶をする間もなく、すぐに船は出てしまった。なんともあっさりとした別れだ。短い間とはいえ寝食を共にした命の恩人に、きちんとお礼を言えないことが、スヴェンをもやもやした気持ちにさせた。
「ああは言ってるけれど、多分また来ると思うよ」
にこにこと目を細めて船を見送りながら、丸眼鏡の男が言った。さて……と彼は子どもたちへ視線を移した。
「僕はジム・ハワード。これから君たちが暮らしていく家の……なんだろ、リーダー的なことをやってる者だ。よろしくね」
ハワードはそう言うとスヴェンたちに付いてくるよう言い、生け垣に囲まれた、幅は狭いが整備された小道を進んだ。歩きながらハワードは説明した。
「この島はとても小さくて、僕たち以外は住んでない。僕たちっていうのは、君たちみたいにここに来た子どもたちと僕みたいなここを運営・管理している大人のことだよ。一応、僕が島の持ち主、島長ってことになってる」
ハワードがスヴェンたちの名前を尋ねている間に、両側の生け垣が終わり、目的地に到着したことがスヴェンたちにもわかった。
「あれがハウス。この島にある一番大きい建物でみんなが住むところだよ」
スヴェンたちの目の前には芝生の広場があり、子どもたちがボールで遊んでいる。その先にハワードの指差す建物があった。四階建てで石造りだ。直方体のように曲がり角のない四角い建物で、すぐ前の広場と同じくらいの幅があった。一つの階に両開きの窓が十個以上ついている。一階の真ん中が出入り口のようで、重厚な木の扉があった。
ボール遊びをしていた子どもたちは、ハワードに気付くと駆け寄ってきた。
「ハワード、この子たちがこの前言ってた新しい兄弟?」
「そうだよ、マイリ。みんなも、仲良くするんだよ」
興味津々の翠の目を輝かせた女の子は、スヴェンたちに「この子はドッジボールの天才で……」と仲間を紹介しだしたが、ハワードがまずは案内するから後でね、とやんわりとやめさせた。
オークリー島での新しい生活は、スヴェンの今までの人生で一番楽しく輝かしい日々だった。学習、食事、自由時間と一日のスケジュールが決まっていた。学校に行ったことのないスヴェンにはよくわからなかったが、学習内容は学校と同じような感じだとジェイとマイリは言った。
自由時間には、図書館で本を読んだりグランドと呼ばれる広場で遊んだり、談話室でお喋りやパズルゲームに興じたりすることができた。外の情報も新聞を読んだり新しく入ってくる本などで知ることができた。
ハワードのような大人は十人程いた。対して子どもは五十人程だった。種族は様々で、種族特有の学習はそれぞれ分かれて行われた。しかし、それ以外の時間は分け隔てなく接し、時折子どもらしい喧嘩はあるものの仲良く過ごしていた。スヴェンは特に、一緒に来たジェイと好奇心旺盛なマイリとは気が合いほとんど常に一緒にいた。
スヴェンがやってきて一年経った頃、一番年上の碧瞳族の女の子がオークリー島を離れることになった。彼女はファッションデザイナーになるために、別の島で働きながら学ぶのだそうだ。ハワードは子どもたちに「みんな兄弟姉妹だ」とよく言っていたが、スヴェンは本当にこの島の人々を家族のように思っていたので別れは非常に悲しかった。
彼女を盛大に見送った後、スヴェンはずっと気になっていたことをハワードに尋ねた。
「俺たちはみんな、あんな風にいつかここを離れるのか?」
「そうだね。準備ができたら、子どもは親元を離れるものだよ、スヴェン」
「そして、戻ってこない?」
ハワードは心配そうなスヴェンの頭をくしゃくしゃとなでた。
「それは、本人次第だよ。もちろん、僕はいつでもここで育った子たちには会いたいよ。でもね、ここに戻ってこないくらい夢中になれることを見つけたのなら、それは幸せなことだと思うし、僕はいつもみんなの幸せを願っているよ」
自分はいつかここを出る時が来ても、必ず定期的に戻ろうとスヴェンは思った。それほどに彼にとってこのオークリー島は大切な故郷になっていた。
それから半年から一年の間隔で誰かが旅立った。代わりに同じくらいの頻度で、新しい子どもも増えた。ダミアンが連れてくることもあったし、他の空賊が来ることもあった。ハワードが受け入れを断ることは一度もなかった。




