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第94話 避難

 スヴェンたち研究施設から逃げてきた子どもたちがオークリー島に来て、五年が経った。


 この頃には、スヴェンにはこの島の立ち位置がよく分かるようになっていた。ハワードを筆頭に、この島の大人たちは青天教の教義に疑問を持っているのだ。だから他種族同士の子どもたちを同じ環境で一緒に育てている。


 それに協力しているのが、ダミアンのような空賊だった。この島で行われていることは全くの違法であった。だから、ハワードは一度出ていった者がここに二度と顔を出さなくても良いと思っているのだ。せっかく外で手に入れた生活をふいにしてしまうような危険を冒す必要はない、と。


「でも、こんなこと続けてるってことは、ゆくゆくは革命でも起こそうと?」

「まさか! 僕は他種族に偏見のない人が少しでも増えれば良いと思ってるだけだよ」


ある日気になって尋ねたスヴェンに、いつもと変わらぬ笑顔でハワードは答えた。ほとほとお人好しである、とスヴェンはハワードに呆れてしまうとともに彼を尊敬した。


 五年の間にメンバーの入れ替わりはあるものの、スヴェンは満ち足りた日々を送っていた。あの研究施設でスヴェンとジェイと同じ部屋にいた燗流《カンルー》は、未だに一言も話さなかったが最近ダミアンの船に乗り始めた。スヴェンたちはこの島に残る子どもたちの中では、最年長のグループとなった。


「お前たちは、ここを出ることを考えたことはあるか?」


午後の自由時間の談話室で、思い切ってスヴェンは尋ねた。教育の成果とジェイの影響もあり、スヴェンの話し方はすっかり貧民街の出とは思えないものになっていた。


「俺は研究者になりたい。どこか碧瞳《へきとう》族の島で大学に入りたい。今年中に見つけて入学試験を受けようと思ってる」


ジェイが研究者になりたいと思っていることは知っていたが、今年中ということを今初めて聞きスヴェンは戸惑った。談話室のソファのクッションをぎゅっと抱きしめた。


「そっかぁ……ジェイの旅立ちはもうすぐね。淋しいなぁ」


向かい合うソファでごろごろしていたマイリは、体を起こし肩を落とす。


「マイリはどうするんだ?」


ジェイに尋ねられて、マイリは途端に笑顔を取り戻す。


「私にピッタリの選択肢があるのよ! わかる?」


スヴェンとジェイは顔を見合わせ、同時に口を開いた。


「ここの養護の先生」


マイリは目をぱちくりさせた。


「なんで二人してわかるのよ! 私誰にも言ってないのに」


養護の牡丹《ぼたん》先生が高齢で後のことを心配していることは、島の子どもたちみんながうすうす感づいていた。そして、マイリがよく牡丹先生に会いに行っているのはスヴェンもジェイも気付いていた。加えて、マイリがこの島の兄弟たちを大切に思っていることも、スヴェンとジェイは充分過ぎるほど知っていた。


「癒やしの魔法が使える優しいマイリには、本当にぴったりだな」


ジェイに言われ「えへへー」と照れ笑いしたあと、マイリはスヴェンを見た。


「あなたは?」

「俺は……」


スヴェンは自分がどうしたいのかわからなかった。ジェイのように学びたいことがあるわけではなかった。この島が好きで離れがたい気持ちはあったが、マイリのようにずっと留まってここで働きたいかというと、そうでもなかった。言い淀むスヴェンにジェイが少しいたずらっぽく言った。


「空賊、なんてな。燗流みたいに誰かの船に乗るのもいいが、お前はみんなを率いるのに向いてそうだ」


驚いて見返すスヴェンをいつもと変わらぬ表情でジェイは見つめる。そんなこと、考えたこともなかった。


「まさかお前から……何だ!?」


スヴェンの言葉の途中で、雷鳴のような音が響き激しく建物全体が揺れた。凶悪な嵐に襲われたかのようだ。そしてすぐ、緊急事態を知らせるベルが鋭く鳴り響いた。


 三人と他の談話室にいた子どもたちは、訓練通り隠し扉を使い地下室へと向かった。


 地下室ではすでに他の子どもたちが来ており、身を寄せ合って不安げな顔をしていた。空気は重く、張りつめていた。養護の牡丹先生もいた。


「良かった、あなたたちちゃんと来られたのね」


牡丹はほっとしたかのように目を細めたが、すぐまた厳しい顔に戻った。


「先生、何が起きてるの?」

「わからないわ。でも、とにかく良いと言われるまでみんなここから出ちゃだめよ」


マイリと牡丹が話している間に、スヴェンは子どもたちの人数を数えていた。


「あと一人……ミシェルか」


紅瞳《こうとう》族の最近入ってきたまだ六歳の女の子がいなかった。どこかで一人で遊んでいて、迷っているかもしれない。


「僕が最後に見かけたときには図書館にいたよ」


ミシェルと同い年の男の子の発言を聞き、スヴェンは地下室を飛び出した。もしかしたら、この揺れで本棚が倒れて動けなくなっているかもしれない。何にせよ、放ってはおけない。すぐ後ろをマイリとジェイもついてきた。


「あなたたち、先生に任せなさい! 行っては……」


牡丹の制止する声を無視して、三人は図書館へ向かった。





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