第92話 破壊
助けに来た男は、翠瞳族だった。走りながら「ブレントだ」と短く名乗った。
「ちょっと待ってくれ」
突然ジェイが立ち止まって、右手にあるドアに手をかけた。スヴェンの記憶が正しければ、そこは書類の保管庫だった。
「援軍が来る前にこの島を出たい。余計なことはすんな」
鋭く言うブレントを無視し、ジェイはガチャガチャとノブを回した。しかし、ドアには、鍵がかかっており開かなかった。
「余計じゃない。ここのデータを奪っておけば、奴らには大打撃だ。計画は大幅に後退する」
「そりゃいいな。黒瞳族をつくるなんて馬鹿げた目的ぶち壊してやろう」
スヴェンは頷きドアに体当たりしてみたが、びくともしない。ブレントは説得するのを諦めたようで、ジェイとスヴェンをのけてドアの前に来た。
「ちょっと下がってろ」
早口で呪文を唱えるブレントの掌には、陣が入れ墨で描かれていた。スヴェンは陣が赤く輝きだすのを息を呑み見つめた。ブレントが詠唱を終えると、掌にはスヴェンが出せないほどの高温の炎の玉が出来上がった。数メートル離れていても顔が熱を感じ赤く火照る。それをブレントは鍵穴に押し付けた。どろどろと把手と鍵穴は溶け、ドアが開いた。
スヴェンとジェイは中に飛び込んだ。スヴェンは片っ端から資料を焼いた。その間にジェイがいくつかフォルダを抜き取り脇に抱えたのは見ていなかった。燗流は、ブレントの脇でぼんやり立っているだけだった。
「満足か? 行くぞ」
ブレントに言われ、二人は資料室を出て前を走る彼を燗流と共に追った。固く閉ざされた扉でいつもは通れない通路を駆け抜け、ついに外へと出た。何かが焦げる匂いが風に運ばれてくる。空には星々が瞬く。
「こっちだ!」
ブレントが示す先には、マスト三本立ての飛空艇が止まっていた。中央のマストの上には、カラスのデザインが翻る。タラップを登り切ると、スヴェンは施設の方を振り返った。スヴェンたちが出てきた出口からは遠い奥の方から黒い煙が出ていた。一般的な民家百軒は建ちそうな程広大な敷地に、石造りの屋敷が鎮座していた。自分が想像していたよりずっと大規模な施設だったということがその時わかった。
船の上には自分たちと同じように連れ出されたであろう子どもたちが、ざっと二十人はいた。
「お、ブレンティー遅かったな」
「ちょっと寄り道したんだ。あと、『ブレンティー』はやめろ。」
癖っ毛の黒髪、茶目っ気のある碧い猫目の男は、ブレントに軽く肘で突かれカラリと笑った。
「よし、じゃあこれで全員揃った。聞け、ガキンチョども!」
甲板で所在なさげにしていた子どもたちは、明るくよく通る声につられ一斉に猫目の男の方へ向き直った。
「俺は、ダミアン! この船の船長だ。お前らを空軍の研究施設から出してやった男だ」
お前の力だけじゃねぇよ! そうだそうだ! と楽しげな野次が飛び交う。
「あーわかったわかった! ここにいる頼りになる仲間と共に出してやった!」
ダミアンの仲間たちから拍手が起きる。
「この後この船は二箇所停泊する。一つはアームステン島。帰る場所があるやつはここで降りろ。俺の知り合いが責任持って家に届けてくれる。もう一つはオークリー島。帰る場所がねぇやつはこっち。お前らが暮らせる家がある」
歓声が上がるのを期待していたのか、ドヤ顔でダミアンは子どもたちを見回した。しかし、実際は不安げな呟きが上がり戸惑う瞳が見つめ返しただけだった。スヴェンも含め、子どもたちは突然の出来事に頭の整理がついて行っていないのだ。
「んだよ、連れねぇなぁ……」
「まだ私たちのこと信用しきれてないだろうし、あの研究施設が何で自分たちがどんな状況だったかもわからない子がほとんどでしょ。仕方ないわよ。追って説明していきましょう」
碧瞳族の女性がダミアンの肩にポンッと手を置いた。話しぶりや仕草から常識のある人物にスヴェンには思えた。「そうだな。エメ、出してくれ」ダミアンにそう言われ常識ある人物エメは出港準備をしに行ってしまった。
「仕方ねぇから俺が全部説明してやるとするか」
偉そうにそう言い、ダミアンは子どもたちに状況を話しだした。
子どもたちが捕らえられていたのは、空軍の研究施設であること、そこでは瞳の色の力の軍事利用を研究していたこと、空軍の中でもこの施設を知っているのは一握りの人間だけだということ……
「俺たちを助けてお前に何の得があるんだ? お前は空賊だろ。結局俺たちを兵器にしようって腹じゃねぇの?」
スヴェンはずっと抱いていた疑問を滔々と語るダミアンに投げかけた。
「お、尖ったやつがいるな」
ダミアンはなぜかにやりと嬉しそうに笑って答えた。
「理由は二つ! 一つはとある人物から取引を持ちかけられたから。お前らを助け出して家に返せば俺たちは報酬を得ることができる。二つめ、この施設を俺がぶっ壊したいと思ったからだ」
スヴェンには、ダミアンが本当のことを言っているのかわからなかった。しかし、少なくとも自分たちを戦力に加えてどうこうしたいわけではなさそうだったので、施設よりはましだと思った。
船が動き出した。
「もう寝ろ。疲れてるはずだ。ぺらい毛布しかねぇが我慢してくれ。この季節なら夜でもそんな寒くねぇだろ」
そう言いながらブレントが適当に毛布を配った。そこで初めて、今が夏だということにスヴェンは気が付いた。そして、自分があの陰気な施設から外へ出たのだという実感が湧いてきた。人数分はなかったので、ジェイと二人で一枚の毛布に潜り込みスヴェンは目を閉じた。




