第91話 第二段階
手術から二週間後、抜糸された右目に清潔な白い眼帯を付けられ、ずっとましな環境の牢屋にスヴェンは移された。一人一台ベッドがあり、床も壁も真っ白で汚れ一つない。先に移動していたジェイとそこで再会した。
「俺はてっきり、お前は死んだのかと……!」
スヴェンは柄にもなくジェイに抱きついた。ジェイがそっとスヴェンの背に手を当て、フッと嬉しげに笑う気配をスヴェンは感じた。数秒後、小っ恥ずかしくなり離れたスヴェンにジェイは前と変わらぬ調子で言った。
「第一段階を終えた実験体がここに入れられるみたいだ」
第一段階とは、目の入れ替え手術のことなのだろう。同じ部屋にはあと二人いた。一人は初めて見る黄瞳族の子だった。スヴェンがいた牢屋にはいなかった子だ。ジェイが言うには口が利けない、あるいは話す気がないらしい。ジェイが仕方なく番号で呼びかけた時に、それは嫌だったようで指で書き名前だけ教えてくれたそうだ。燗流という。スヴェンには見向きもしない。一方で、もう一人はスヴェンに向かって拍手した。
「あなたもですか、24513。おめでとうございます」
眼帯にも識別番号が書かれていたので、すっかり忘れていた彼が名乗った11464という番号をスヴェンは確認することができた。物のように扱われていると感じるこの識別番号で自身を表し、また他人のことも認識するこの人物をスヴェンは好きになれなかった。彼に返事はしなかった。
再会の喜びではじめは気が付かなかったが、ジェイの顔色はひどく悪かった。見えている方の碧い目はどんよりとしていた。第二段階の実験が始まって、その理由がスヴェンにもわかった。
白衣を着た碧瞳族と紫瞳族の大人に連れられた部屋で、スヴェンは一人にされた。部屋には隣の部屋に面してガラスのはめ込まれた窓がついていた。白衣の二人はそこからスヴェンの様子を見ていた。壁を突き抜けて金属のパイプが通っており、隣の部屋からスヴェンのいる部屋まで声が届くようになっていた。
「眼帯を外し、今から私の手振りと言うことを真似しなさい」
紫瞳族の白衣の男がそう言った。
「やらなかったら?」
「やり終わるまでその部屋からは出られない」
とりあえずここは言うことを聞いておくかと、スヴェンは肩をすくめた。紫瞳族の男はそんなスヴェンを睨みつけ、パイプを通して「行くぞ」と合図した。スヴェンの見たことのない組み方で両手の指を合わせる形を五個見せた。スヴェンはよく観察し真似をした。
「木縛りの術!」
「……キシバリノジュツ」
呪文のように聞こえた言葉を繰り返すと、にょきにょきにょきと床から十本ほど木が生えてきた。直後、激しい頭痛に襲われ、スヴェンはその場に崩れ落ちた。頭の内側から金づちで殴られているようだった。視界が回り起き上がることができない。窓の向こうで白衣の二人が喜び合っているのがかすかに見えた。
どうやら気を失ったらしい。部屋で目を覚ましたスヴェンが自分の身に起きたことを話すと、ジェイは吐き捨てるように言った。
「入れ替えた方の目の種族の力を使わせたいんだ」
「最終的には兵器か、俺たちは」
そうかもしれない、とジェイはため息をついた。白衣の連中の思い通りになるのは癪だったが、この力をうまく使えればここから逃げられるかもしれないとスヴェンは密かに思った。
その後、幾度となく同じ部屋に連れて行かれスヴェンは紫瞳族の術を使うよう言われた。脱出の糸口を見つけようと、部屋へ行くたびに通路や時折すれ違う人間をよく観察した。
誰もがスヴェンを実験体以外の何者としても見ていなかった。が、一度だけすれ違った、多くの研究者らしき人々に取り巻かれた黄瞳族の男だけは違った。
「洋少将、あなたから予算増額について話してくださいよ」
「そうですよ。この実験が上手くいけば、『鍵』なんてなくても黒瞳族の力は手に入るんです」
洋少将と呼ばれた男は俯き首を振る。
「悪いが俺は、ここの警備責任者なだけだ。実験の内容や成果の報告をしたところで、上は相手にしないだろう。『鍵』の探索が最重要事項であることは変わらない」
スヴェンの視線に気付いたのか、洋少将は足を止めた。彼の目には、哀れみや同情のようなものが浮かんでいた。スヴェンに何かを言いたそうにしていたが、思い止まったように黙ったまま再び歩き出しスヴェンの横を通り過ぎた。
術の使用はスヴェンの体に多大なダメージを与えた。頭痛、吐き気、眩暈は当たり前。筋肉痛や動悸、息切れが伴うことも少なくなかった。自分もジェイと同じように酷い顔をしていることは、鏡を見なくても彼にはわかった。
脱出のためだと自分に言い聞かせ、あらゆる痛みや不調に耐え、様々な術をスヴェンは覚えていった。初めて使用した「木縛りの術」ぐらいならば、頭痛を起こさずできるようにはなっていった。
その日は突然来た。
まだ寝ていたスヴェンは、けたたましい非常ベルの音で飛び起きた。まだ夜中だろうか。
「何が起きている……?」
ジェイも体を起こす。暗い中二人はベッドから出て柵の近くへ寄りできる限り外の様子を覗いたが、何が起きているのかわからなかった。わかったのは、いつもいる見張りが一人もいないことだけだった。しばらくすると、通路の奥から誰かが走ってくるのが見えた。いつもの見張りとは違う男だった。
「今出してやる」
そう言うと彼は鍵を使って錠を開け、扉を押し開けた。スヴェンたちには何が何だかわからなかった。
「俺はお前たちを助けに来た。空軍の奴らは俺の仲間が引き付けてる。今のうちだ」
そう早口で言う男を信じて良いのかわからなかった。しかし、ここより悪い場所が存在する気がせず、スヴェンはついていこうと思った。ジェイを見ると軽く頷いた。同じことを考えているようだった。
「私は結構です」
こんな時にもうっすらと笑みを浮かべて、11464はベッドの上に座って動こうとしなかった。燗流は様子をうかがっていたが、ベッドからのそりと這い出しスヴェンたちのそばへ来た。どうやら一緒に行きたいらしい。
「悪いが俺にはお前を説得してやる善意も時間もねぇ。置いてくぜ」
「お構いなく」
助けに来たという謎の男に会釈をして、11464はベッドに潜り込んだ。スヴェン、ジェイ、燗流は男に続いて通路へ出た。




