第9話 交代
茶色い髪を靡かせ颯爽と大きな扉から入ってきたのは、凛とした顔つきの青年。その視線は王を鋭く刺す。王は腕を振り上げた姿勢のまま、目じりを痙攣させる。
「そこまでだ! あなたの悪事の証拠は全て手に入れた。リアムたちを解放しろ」
青年が手元から飛ばした何かが王の手に当たり、剣が吹っ飛んだ。
ルイは冷や汗が自分の額を流れるのを感じた。心臓が狂ったように脈打っている。死にそうだったのは自分ではないのに、ひどく神経をすり減らしたようだった。
「マイルズ……! おのれ、二人で謀っておったか」
マイルズと呼ばれた青年の後ろに開かれた扉から、彼の仲間と思しき人々が雪崩れ込む。数の有利もあってか、あっという間に城の兵士を戦闘不能にし、王に詰め寄った。
「二人ではない。僕はリアムは死んでしまったと思っていた。一人で仲間を集めて機会を狙っていたんだ。今夜、僕が忍ばせていた密偵から、賊が入り城内が混乱しているという報告が入った。だから来たんだ」
仲間に助けられ介抱されているダインにちらりと視線をやってマイルズは続けた。
「それがまさかリアムだったとは。兄弟で、考えることが似ている」
ルイは混乱した。ダインは偽名でリアムが本名……? リアム……どこかで聞いた名前だ。
「私をどうする気だ?」
マイルズの鋭く光るサーベルが王の首元に当てられる。
「僕はあなたとは違う。正当な手続きの下あなたを断罪し、王権を取り戻す。そして僕が父の意志を継いで次期王となる」
思い出した――ルイは目を見開く。昼間見た号外だ。前王の二人の王子、マイルズとリアム。考えてみれば、髪型は違えど、あの新聞の似顔絵に二人はそっくりだった。
王と王に与する兵士は拘束された。ルイ達はリアムと共に、部屋を移動した。夜明け前にも関わらず、城内には足音が響き、使用人や兵士たちのざわめきに満ちていた。
「ここは、僕の寝室だったところです。もうお分かりだと思いますが……僕は元新聞記者じゃない。イリンザー王家の第二子、リアム・クラフォード・シェル・イリンザーです。騙していてすみませんでした」
意識を取り戻したマイリに治療してもらいながら、リアムは申し訳なさそうに、告白した。
「知っていた」
さらっと言うスヴェンに、リアムだけではなくルイも息を呑み視線をやった。
「スヴェンさん、なぜ……?」
「新聞の似顔絵と顔がそっくりだ。それに、ヴァイオリンのケースが、道端で演奏を披露する身分の者としては高級品だ。あと、その人差し指のシグネットリング。内側に紋章側を回してわかりづらくしているんだろうが、そこにイリンザー王家の紋章が彫られているのが見えた。そんなものを付けているのは、王家の人間だけだろう」
ルイは、髪型が違うせいで今まで似顔絵のことは頭になかったし、指輪をはめていることも、たいして気にしていなかった。
まいったなぁ……と言い頭を掻きながら、リアムは真実をルイ達に話した。
「父上、つまり前王の殺害と同時に、兄上と僕も命を狙われたんです」
何とか城から逃げたが、追い詰められた兄弟。その際にマイルズが囮になった。その後、落ち合う予定の場所に、マイルズは来なかった。
マイルズから「イリンザー王家の真実を明らかにし、王権を奪取することが今後の目標だ」と聞かされていたリアムは、密かに計画を立てていた。最初は一人で実行する予定だったが、町でルイ達を見かけ使えると判断し仲間に引き入れたのだった。
あの古びた家で見せた鬼気迫る想いは、父や兄、そして王家の歴史までもを背負ったものだったのか、とルイはため息とともに一人頷いた。
スヴェンはそれを即座に見抜き、その気持ちを支えたいがゆえに作戦に乗り、バンダナまで渡したのか……ルイは一体こいつの頭はどうなっているんだ、と感心してしまった。マイリがスヴェンの判断を信頼する気持ちが少しわかった。
「結局、僕はあなたたちを利用したんです。危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありませんでした」
侵入することに成功したリアムだったが、用心深い王は罠を仕掛けていた。大切な証拠の品に謀反の意志を持って近づくと発動するもので、リアムはこれにかかってしまったのだった。
「でもまさか、兄上が来るなんて……」
「僕も、お前がいるなんて思っていなかったよ」
軽いノックの音の後すぐドアが開き、マイルズが入ってきた。
「僕が遅れて行った例の場所には、戦った痕跡とお前の髪の束が落ちていたから。死んでしまったと思っていた」
マイルズが言うには、やっと城内が少し落ち着いてきたとのことだった。今日すぐにでもことの顛末を報道し、正式に王になる手続きを開始するそうだ。
「本当に無茶をする弟だ。賢いような、愚かなような」
マイルズは優しい笑顔で、リアムの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「あなた方には弟が世話になった。ぜひ我が城の宝物庫から……」
スヴェンはマイルズのことばを手を上げて遮った。
「俺たちはもう失礼しよう。昼食代はこれでチャラでいいな?」
スヴェンの言葉に、リアムは一瞬ぽかんとした表情になり、すぐに笑顔でもちろん、と答えた。
まどろむ町を抜け、ルイ達は船へ戻ってきた。店が開く時間になったら、今度は船に置いてきた金をしっかりと持って買い出しに行くのだ。ルイの体は鉛のように重かった。
ルイもマイリもスヴェンも不思議そうに見つめるノーチェスにお休みを言い、ハンモックに辛うじてよじ登るとすぐ眠ってしまった。
「いたたっ……おはようございます。いてっ……」
肩を叩かれてルイが目を覚ますと、そこにはリアムがいた。ノーチェスにゴツゴツとかなりの勢いで頭をつつかれている。
「……お前、何でこんなとこにいんだよ?」
ぼんやりとする頭で昨晩のできごとを振り返り、数秒間を開けてルイは聞き返した。ルイの声で、スヴェンとマイリも目を覚ました。
「ノーチェス、大丈夫だ。やめろ」
スヴェンの声でノーチェスは攻撃をやめた。音もなく羽ばたき、寝ぼけ顔のマイリの頭の上にとまった。
「寝ずに考えたのですが……お昼代のお返しとして、僕はもらいすぎました。宝物庫の宝がいらないのなら……よかったら、僕をこの船においてください。あなたたちの働きに見合うよう、お役に立ちますから」
驚く三人をよそに、リアムは続けた。
「それに、兄上がいる今、王座は僕にはまわってきません。なんなら、もともと興味がないんです。僕は庶民に紛れて町の様子を見るのが好きでした。もっと広い外の世界も見てみたい」
政治戦略、人心掌握、他のあらゆる能力を見比べても、兄の方が自分よりずっと優れており偉大な為政者になれる、とリアムは言った。
「このロドフェイトという世界、誰が名前を付けたのでしょう? 世界というものは一つしかない。他と区別する必要がないとき、名前は必要ないはず……その意味するところを僕は知りたい。あと、素敵なレディとの出会いもありますし」
差し伸べられた手を払いのけながら、ルイはこれが一番の理由なのではないかと疑った。
三人と一羽の小さな空賊団に、新たに一人仲間が加わった。兄を信頼し、自ら離れていくリアム……兄の手を握らなかった理由は全然違うな、とルイは自分の掌を見つめた。
朝の爽やかな空気漂う同時刻、違う空の下。
真っ白な空軍の制服を纏う男。その胸の名札には「ルイ・スタイナー」の文字。彼は巡回船の狭い給湯場で、隊長の好きな緑茶を入れようと湯を沸かし始める。丸い窓に目をやるも、見えるのは薄い色の空ばかり。探し人の行方は、未だにようとして知れない――




