第8話 捕獲
昼間の空き家にて。今回の作戦を聞いた後スヴェンはダインにバンダナを渡し、その用法と用途を説明した。
「へぇ、便利ですね。では、僕はあなた方が危なくなったら助けに行けばいい……ということですか?」
ダインは服屋が仕立てた服を検品するかのように、バンダナを広げて指先で撫でたり、わずかに漏れ入る日に透かしてみたりした。
「いや、逆のことを俺は考えていた」
ダインは視線をスヴェンへ向け、首を傾げた。
「お前が危機に陥ったら、俺たちが助けに行く」
ダインは目を丸くした。ルイも思わずスヴェンを見た。なぜ初対面の男に――それも脅して協力を強いるような奴に――そこまでするのだろうか。
「はは……これでも、僕は潜入するのは得意なんですよ。でも、お心遣いありがとうございます」
ダインはそう言って器用にバンダナを細長くたたみ、腰のベルトに巻いた。
ナハトの姿のスヴェンが指し示す隠し通路を使い、マイリの魔法で割り出した位置へ向かいながら、ルイは疑問を口にした。
「スヴェンもお前も、今日初めて会った奴にやたら協力的だよな」
マイリは「私?」と走りながら自分を指さした。ルイは他に誰がいるんだよ、と頷いた。
「スヴェンが決めたから。今まで彼の判断が間違ってたことはないわ。……たった一回を除いて」
最後の一言はぼそりと、ほとんど聞こえない声でマイリは言った。今まで見てきたマイリに似つかわしくないトーンにルイは引っ掛かりを感じたが、もう話している時間はなさそうだった。
「ここね」
マイリは身の丈の三倍の高さはありそうな扉の前で止まった。廊下に並ぶ燭台の明かりは頼りなく、全貌は見えないが細かな装飾が施され特別な部屋だということは明らかだった。
中から微かに人の話し声が聞こえる。マイリ、ルイ、そしていつのまにか人型にもどっていたスヴェンは、並んで扉に耳をぺたりとつけ、中の様子を聞こうとした。
と、突然大きな扉が内側に向かって開いた。ルイ達は部屋の中に転がり込む形となった。
「あ、あなた達……! 本当に助けにきたんですか?」
二階分の高さはありそうな天井の中央からは煌びやかなシャンデリアが吊るされ、そこに何本ものろうそくが灯されていた。廊下とは対照的に昼間のような明るさだ。部屋の奥には玉座。
その玉座から入り口まで続く真っ青な絨毯の真ん中に、ロープで縛られたダインが転がされていた。片目がはれ上がり、口の周りは血だらけだ。ルイは思わず顔をしかめた。
その周りをぐるりと十人ほどの兵士と、昼間掲示板の新聞に描かれていた通りの立派なひげを蓄えた王が、取り囲んでいる。
「こいつらがお前の仲間か。探す手間が省けたな」
王は満足気にひげを撫でた。扉側には兵士が四人いた。ルイ達の背後を取る形だ。王がすっとルイ達へ手を向けると、兵士らは剣をルイ達に突き付けてきた。
「さて、あとはお前の兄だ。早く居場所を吐け。そうすれば苦しまないよう殺してやる」
「知らない。僕は兄上が死んだものだと思っていた」
兄上……? ルイには話が見えなかった。元新聞記者の兄はこの国の王にまで目を点けられる重要人物なのだろうか。
「では、お前の仲間を一人ずつ殺していこう。何人殺したら話してくれるか見ものだな」
王が兵士に合図を送る前に、ルイは拳銃を抜き肘や膝の後ろなどの鎧の隙間に打ち込んだ。
銃声が豪奢な室内にこだまする。四人の兵士はううっと呻いてうずくまった。
「何をした……?」
王は身構えた。ダインを取り囲んでいた兵士は、王を守るために王の前へ重なり合って立った。ルイはもう一丁の拳銃も取り出し、指を引っ掛けくるくると回転させ十分に見せつけて構えた。
「殺しちゃいない。でも、この距離ならオレは外さない。そいつを解放しないなら、お前らも同じ目にあう」
はったりだ。狙いを外さない自信はあったが、一気に十人はさすがに倒せない。全員に来られたら、こちらが負けるだろう。
「そうよ。碧瞳族のルイの狙撃から逃れられるものはいないわ!」
自信満々で言うマイリに、お前、オレの射撃見たことないだろ……とルイは心の中で突っ込んだ。
しかし、マイリの言葉は兵士達には効果てきめんだったようで、たじろいて陣形を崩した。ルイは腰のホルスターに一丁戻す。開いた左手でハンマーを起こして撃つ。瞬きする間もなく、起こして撃つ。
弾が切れたところで、銃を入れ替え繰り返す。
八人撃ったところで予備の銃の弾も切れた。残り数人の兵士にすかさずスヴェンが炎を向ける。熱せられた甲冑、それを脱ごうと剣を放り投げる兵士たちの悲鳴。その隙にマイリは魔法を起動し、風のロープで彼らを拘束する。ルイは空薬きょうを捨て、弾薬を込めようとした。
しかし、背後に気配を感じ、飛び退いた弾みでルイは弾を落としてしまった。踏みつけられ絨毯に沈む弾。背後の扉から入ってきたのは、増援の兵士たちだった。銃声を聞きつけたからか王が魔法を使ったのか……結局ルイ達は捕らえられてしまった。
「よし、この凶暴な紅瞳族の男からにしよう。我が兵士たちを愚弄しおって。……兄の居場所を言う気はないんだな?」
スヴェンはがっつりと押さえ込まれて、身動きが取れないようだった。王を睨みつけている。
「兄上のことは、本当に知らない! やめろ!」
王はダインの言葉に失望したようにため息をついた。そして腰のサーベルを抜き、スヴェンの首に狙いを定める。ルイは床に組み敷かれたまま、マイリに視線をやる。しかし、気を失っているようで、ぴくりとも動かない。このままでは本当にスヴェンが殺されてしまう。
ルイはどうにかブーツに隠したナイフを取ろうと思ったが、全く体が動かない。兵士の重みで息が苦しい。
これまで、身のこなしや銃の腕、観察力……生きる力を身に付けてきたと思っていた。それでもこんな時、信じるに足ると思い始めている人を助けることができない。脳裏に蘇る絶望感。
鼻をつく血の匂い、燃える麦畑、冷たい貨物室の床――
「殺すことねぇだろ!」
ルイの叫びを聞こえなかったかのように無視し、王がサーベルを持つ腕を振り上げたその時――
バンッと部屋を揺らす音を立て、勢いよく巨大な扉が開いた。




