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ランタナ・パーティ  作者: 鈴木まる
第2章 王子
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第7話 紅瞳族

 スヴェンは隠し持っていた手甲鉤てっこうかぎを素早く両手に装着した。その切先は、頼りない蝋燭の灯りを密やかに反射する。


「へぇ、変わった武器だな。俺の相棒とは相性が悪いんじゃねぇの?」


隊長はまた勢いよく鉄球を振り回した。むき出しの石の床に直撃する鉄塊。鈍く重たい音とともに削れた小石が飛び散る。隊長は間髪入れず鎖を引き、凶暴な武器を操る。


 鉄球がスヴェンの右耳を掠めた。温かい、血の流れる感触。痛みに構わず隊長へと突っ込んでいった。


「おおっ、速いな」


短く火花が散る。スヴェンの攻撃は、鉄球につながる鎖でガードされてしまった。


「飲んでた割にはいい動きだ……」


思わず呟いたスヴェンに、隊長は眉を顰める。


「酒はだいぶ抜けたと思ったんだが」

「鼻がいいもんでね」


スヴェンは鉄球を振り回す隙を与えないよう、攻撃を繰り出し続けた。しかし、尽く防がれてしまう。


「埒が明かねぇ」


そう言って隊長は後ろに飛び、スヴェンと距離をとりぶつぶつと何かつぶやく。隊長の右手の甲にぼんやりと陣が浮かび上がる。


 まずい――スヴェンは片方の手の鉤を外し、よりはっきりと光り出す手の甲の陣に向かって投げつけた。が、遅かった。詠唱を終えた隊長はほんの少し体を逸らして鉤を避けると、勝ち誇った笑みを浮かべる。


「掠るどころか、近づいただけでおしまいだ!」


鉄球と鎖からバチバチと音がし、電光がはじける。その光は隊長の顔の陰影を濃くし、その自信に満ちた表情が強調される。


 スヴェンの額にうっすらと汗が浮かぶ。あれでは手甲鉤での攻撃はできないし、あの怪力で振り回される鉄球を避け続けるのも難しい。


「そらぁ!」


目の前に迫る雷の塊のような攻撃を、間一髪で躱す。背後の壁に鉄球の形に焼け焦げた跡。スヴェンを睨みつける隊長の目は血走り鼻息は荒い――心から戦うことが好きなようだ。


「さっき炎を出してたよな? お前も使っていいんだぜ、魔法!」


そう言いながら攻撃の手は緩めない。スヴェンはこんなところで、いつまでも戦闘狂の相手をしていたくはなかった。南門での騒ぎがおさまり、ここに他の兵士も来てしまうかもしれない。


 しかし、この姿で炎を扱うのは得意ではない。


「……仕方ないな」


スヴェンはもう片方残っていた鉤も外した。隊長はにやりと笑う。


「お、手から放出するタイプか?」

「違う、口だ」


スヴェンがそう言うや否や、真っ黒い靄のようなものに彼の全身が包まれた。隊長は胴の辺りを狙って鉄球を放ったが、丸い形に靄に穴が開いただけでまるで手応えはなかった。一呼吸もおかず、黒い靄は消え去りそこに現れたのは……


「何だ……?」


四本足の真っ黒い生き物。仔牛程の大きさだが、牙は鋭くしなやかな胴体。四肢もすらりと細い。


「炎と変化の二つの魔法を使うのか! いや、貴様もしかして……」


隊長が言い終わる前に犬は口から炎を吐き出した。先程の手から伸びていた炎よりずっと火力は強い。隊長はさらに離れる。近づくことができない。炎に照らされて見えた瞳の色で、隊長は自分の仮説が正しかったことを確信した。


紅瞳こうとう族……! なおさら捨て置けねぇな」


隊長は次の攻撃を仕掛けたが、敏捷性の数段上がったスヴェンは軽々と跳び上がり避ける。


「甘いなぁ!」


鉄球から波紋のように広がる雷撃が床を這う。着地を狙われたスヴェンは攻撃を食らい、細身の体が床に打ちつけられる。足を痙攣させ、その場から起き上がることができない。


 倒れたまま、スヴェンが口から青白い炎を吐き出す。しかし、鉄球と鎖に当たるばかりで隊長までは届かない。隊長には追い詰められ、悪あがきをする獲物にしか見えなかった。


 しかし、異変はすぐに起きた。


 室内の温度が急激に上がっていく。砕けた木片は部屋から押し出されるように壁に叩きつけられる。ガラス窓にはひびが入り、そのまま砕け散った。息をする度、隊長の喉や肺はひりひりと痛み、焼かれるようだった。


 危険を感じ、さっさととどめを刺そうと熱を帯びた鎖を引いて、隊長は驚愕する。


「嘘だろ……!」


鎖の先に鉄球はなかった。鎖の一部は熱でどろりと溶け、重量のある凶器を繋ぎとめることができなくなっていた。


 一瞬の隙をつき、スヴェンは射程距離まで詰め炎を吐く。


 隊長の左手に炎が燃え移った。炎は腕を上り肩へと近づいていく。隊長は大きく舌打ちをし役立たずとなった武器を手放す。右手で左腕を叩きながら辛うじて割れた窓までいくと、灼熱の部屋から外へと飛び出した。


 ここから隊長を退けることができれば十分だと判断し、スヴェンはあとを追わなかった。痺れの残る足を無理やり動かし熱のこもる怠く重たい体を運び、煙の充満する厨房へと向かった。




 厨房に火を点けて、勝手口から外へ出たルイとマイリは、スヴェンを待った。三人そろったら、ダインが言っていた抜け道から城外へ脱出することになっていた。


「おい、こんだけ燃えてたらあいつ来られないんじゃねぇか」


炎を見ないようルイは目線を地面へと落としていたが、熱と音で勢いが増しているのは十分に感じられた。……気分が悪い、思い出したくない。


「煙や火は大丈夫よ。あ、ほらね」


マイリののんきな声に重なるように、草を踏み分ける音が近づいてきた。はっはっと口で息をする、真っ黒い生き物がルイのすぐ目の前に現れた。


「ほらねって……でかい犬じゃ……あ、ナハトか」


驚き半歩飛びのいたルイを見て、マイリは腹を抱えて笑い出した。


「で、でかい……犬……!」


息も絶え絶えにルイの言葉を繰り返した。ルイは腑に落ちない。仕方がないではないか、久々に見たのだから。


「この犬……がスヴェンよ」


マイリはまだ笑っている。ルイは改めて犬のような生き物を見つめた。炎に照らされる瞳の色が紅だ。右目には眼帯。艶やかな漆黒の短毛。普通の犬と違って尻尾が三本あり、先端にはろうそくよりは大きな火が灯っている。


「でも、あなたナハトは知ってるのね。紅瞳族のもう一つの姿、炎の使い魔。スヴェンはあまり好んでこっちの姿にならないわ。人の言葉を喋れないし、戻るのに時間がかかるから。多分、あの隊長さんが手強かったんじゃないかしら」


すぐに戻れずナハトの状態の時は喋れない……そうではなかった気がしたが、ルイは自分の記憶違いだろうと一人首を振った。


 ピンと立った三角形の右耳を負傷しているのを見つけたマイリが、いつも通り針を地面に刺し陣を作って呪文を唱えた。スヴェンの耳は元通りになった。


 これで任務完了だ、とルイが胸をなでおろしたその瞬間――首元が熱くなった。バンダナが発熱している。スヴェンとマイリは一緒にいて無事だ。ということは……


「ダインがピンチね。行くわよ!」


マイリは再び針を刺し、魔法を使いダインの位置を探った。





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