第88話 作戦の内容
食堂にはアベルと双子がおり、彼らの間にサラは座った。寧々はマイリの様子を見るから、と彼らにサラを任せ寝室へ戻っていった。三人はサラが目を覚ましたことを喜んだが、何が起きたのか問われると、神妙な面持ちとなった。
「これに書いてあるんだけど……」
そう言ってアベルは新聞記事をサラに見せた。見出しには【空軍大失態! 最悪の大空賊の子ども二人を取り逃がす】とあった。
「結論から言うと、サラのお兄ちゃんは捕まってない」
「でも、今どこでどうしているかは、わからない」
双子は申し訳なさそうに言う。記事のはじめの方には、空軍が追跡したにも関わらずダミアンの娘は魔法陣で姿をくらませ、息子は裏切り者の洋元少尉の背に乗って逃げたとある。
サラが記事をすべて読む前に、双子は話しだした。
「サラとアベルが行った後、すぐにまた別の船が来て砲撃を受けたんだ」
「サラの兄ちゃんたちが乗ってた方の船が被弾したんだよ」
そこで都紀と柘紀は慌てて全員を自分たちの船に乗せようとしたが、被弾した船の崩壊の方が速かった。
「みんな落ちていって……もうだめかと思ったらさ……」
「ぐったりしてた黄瞳族の人が龍に変化したんだ!」
全員背中に乗ったようだったが、また双子の船に戻ってくるのは危険すぎるからか諦めたようで違う方向へ行ってしまった。かろうじて術の有効範囲だったので、双子は迷彩の術を龍と背中の人々にかけ、自分たちは空軍が追ってこられないよう船に爆薬をセットし魔法陣で戻ってきたのだった。
「僕たちはこっちに戻ってきちゃったから、サラの兄ちゃんたちを最後まで見届けてない」
「でも、その記事を読む限り空軍には行方がわかってないみたい」
ごめんね……と声を揃えて双子はがくりと項垂れた。
「俺も、ごめん」
アベルも目を伏せる。兄をこの船に連れてくることができなかったし、現在の居場所と安否も定かではない。それが自分の仲間たちの顔を曇らせている原因だった。
「謝んなよ。十分すぎるくらいしてもらった」
サラは双子の顔を交互に見た。二人そろってサラの目を申し訳なさそうに覗く。アベルの肩にサラはそっと手を置いた。
「そもそも、私が勝手にロンシャス島には行ったんだ。それを危険な中助けてもらって、兄ちゃんも私も逃げられた。お前らが来てくれなきゃ死んでたかもしれない」
サラの本心からの言葉だった。今思えばかなり無謀なことをした。紫苑たちやアベルたちの力を借りなければ、兄とともに牢屋にぶち込まれたか殺されていたかに違いない。
「兄ちゃんはきっと大丈夫。さっき、夢にしては妙にはっきり兄ちゃんの声が聞こえたんだ。『無事だ、今は会えない。鍵の探索を』って」
サラの言葉を聞き、顔を見合わせる双子。「ちょっといい?」と同時に言い立ち上がり、都紀がサラの右手を、柘紀が左手を握りそれぞれの額に当てて目を閉じた。数秒後、笑顔で二人はサラの手を膝の上へと優しく戻した。
「伝心の術が使われたんだ。微かに気が残ってた」
「ほら、前に話した離れた人に言伝する術だよ。嘘のつけないやつ」
以前、双子が首から下げていた小瓶にお互いの髪の毛を入れていたのを、見せてもらったことをサラは思い出した。自分の髪か何かが誰かに付着していたのだろうか。しかしだとしても、兄は自分と同じ碧瞳族で、術は使えないはずだ。サラの疑問に先回りするように双子は続ける。
「やったことないけど、術者に触れてれば碧瞳族の人も言葉を飛ばせると思う」
「でも、その術者が無属性じゃないなら、成功したのは本当にラッキーだったと思う」
紫苑に感謝しなくては、とサラが安堵のため息を漏らし脱力してテーブルにつっぷしたところで、いい匂いが漂ってきた。厨房から出てきた浩宇がカブやニンジンの浮かぶ透明なスープをサラの前に置いた。湯気が立ち上り、優しい匂いが鼻をくすぐる。
「サラ、二日ぶりのご飯だから、ゆっくり食べてね」
「ああ……ん、二日ぶり?」
サラは思わず浩宇を見返した。浩宇は頷いた。
「そうだよ。サラ、甲板で倒れてからずっと寝てたんだから。怪我も酷かったし、よっぽど疲れてたんだね」
一人でうんうんと頷いて、浩宇はスープを食べるよう促した。自分がそんなに長い間寝ていたことにもスプーンを普段よりずっと重く感じることにも、サラは驚いた。想像以上に衰弱しているようだった。
「いただきます」
ゆっくりと口に入れた温かいスープは、サラの体だけではなく心もほぐしてくれた。口の中に野菜の甘みが広がる。小さく切られた干し肉が良いアクセントになっている。
何口か食べた後、サラは新聞記事の続きを読み始めた。そこにはサラもすでに知っている事の顛末と、空軍がなぜこのような失敗をしでかしたのかについてが滔々と書かれていた。紫苑たち内部の人間の裏切り、刑務所内での暴動、そして空賊の侵入の三つが大きな原因だとされていた。
サラはここで初めて紫苑の服役中の空賊を焚きつける作戦が、うまく行っていたことを知った。
「じゃ、あの塔が吹っ飛んだのは囚人たちの仕業か……?」
つぶやくサラに、都紀はチッチッチッと人差し指を振った。
「違うよ。あれはアベルが大砲に変なことをして、ぶっ放したからだよ」
「僕たちがあそこにサラはいないって術で確認したら、止める間もなくドーンだったよ」
すかさず柘紀が付け足す。アベルはなぜか照れている。何にせよ、あのおかげで看守長に隙ができ、ノアとサラは逃げることができた。
「お前らどうやって、空軍の船と制服を手に入れたんだよ?」
新聞記事には、空賊による被害は、船が爆破されたというサラもすでに知っていることしか書かれていない。
「それは、偶然巡回船を奪ったんだ。それで、みんなで作戦を考えて……」
アベルが作戦内容を説明した。まず、ロンシャス島に近付くために空軍のふりをする必要があった。奪った船に乗るメンバーは、船の操縦が得意で後々使うであろう爆薬を扱えるアベルが最適。あとは無系統の気配を消す術が得意な都紀と柘紀が、ぴったりだという話になった。
「脱出はスピードが命! ってことで、魔法を使うことにしたんだ」
ね、と双子と顔を合わせアベルは先を続ける。
しかし、この船にその無系統の魔法が得意な者はいない。マイリとリアムの二人で一つの魔法陣を起動させ少数ずつ転送するならば、いけそうだということになった。
空軍になりすますメンバーを増やしても良かったが、双子の術をかける際の負担や転送の手間を考えて増員はやめた。それに、万が一マイリまたはリアムが倒れた場合、魔法陣を維持できるメンバーが船に残っていた方が良いとなった。
「どういうことだ? 翠瞳族はマイリとリアムしかいないだろ」
「そうなんだけど、なんと紫瞳族でも陣が一回組まれてれば、それに気を込めることはできるんだって」
サラの疑問に、驚きの事実でもってアベルは答えた。そんな話は聞いたことがなかったが、自分の仲間たちが嘘をつく理由はない。
「じゃあ、寧々が補欠だったってことか」
「スヴェンもだよ」
またもや衝撃的なことを言うアベル。スヴェンは紅瞳族だろ……と言い返そうとして、サラは思い直した。看守長の紅と紫の瞳を思い出した。また、初めてスヴェンと対峙した時のことも。自分の早撃ちが当たらなかった。身体能力がずば抜けて高かった。
スヴェンの眼帯の下の瞳は……
「サラ、起きたのか」
食堂のドアを開けて、スヴェンが入ってきた。見張りの交代だ、とスヴェンは双子に告げた。




