第87話 帰還
爆発音とともに吹っ飛んだのは、追っ手の空兵たちの船の底だった。まだ船は落ちないが、放っておけばその限りではない。空兵は慌てて緑の狼煙を上げて引き返していく。
「サラ! 下だよ!」
明るい声に胸がきゅっとなり、サラは船縁から覗き込む。空兵の帽子を取った赤髪と見上げる碧い瞳が見えた。
「っ……アベル!」
サラは船縁を強く握りしめた。どうして、なんで、どうやって……と様々な疑問と感情が湧き上がったが、声にならない。
「僕たちもいるよー!」
「サラ大丈夫ー?」
ダボついた空兵の制服を着た都紀と柘紀が手を振る。笑顔がまぶしい。
「お前の仲間か」
紫苑は刀を空を切るように振り、刃についた血を振り払う。サラは頷き、涙が滲んできた目を強く手でこすった。
「サラ、こっちに飛び移って! マイリとリアムが作ってくれた移動装置があるんだ。二人ずつ移動できる」
徐々に船の高度を上げ、サラたちの船に近づきながらアベルが叫んだ。双子が指し示す船の甲板に陣が描かれていた。
「兄ちゃんもいる! あと兄ちゃんの仲間も!」
「わかった。みんなで行こう!」
サラはアベルの返事を聞いたか、と確認するために紫苑たちに顔を向けた。
「ありがたい〜!」
「でも、まずはあなたが行きなさい」
ケイリーは喜びの声を上げた。ビアンカは微笑んで、さあ、と手でサラに行くよう示した。
「お前の兄は私が背負う。お前には今無理だろう」
「でも……」
紫苑に指さされたサラの左腕は、血が滴り動かさなくとも激しく痛んだ。ここまで共に行動した紫苑を信じない理由はないが、兄と離れたくなかった。
「私とノアが先に転送先のお前の仲間に会うとややこしい。次の転送の間隔には数分あるだろう。それに流石に私も、今この距離をノアを背負って跳び移れない。援軍が来る前に早く行け」
少しでも早く全員が無事逃げ切れることを紫苑が考えていることが、真剣な眼差しからひしひしと伝わってきた。
「サラ……兄ちゃんたちは大丈夫だから……」
マストの柱に手をつき、よろりと立ち上がるノア。青白い顔に笑顔を浮かべ、サラの頭をくしゃりと撫でる。
「っ……」
ためらうサラを「仕方ない」と紫苑はケイリーの力も借り船から投げた。着地時に足がふらついたサラを、アベルが笑顔で抱きとめた。
「アベル、サラと行って」
「僕たちは、最後に行くよ。迷彩の術をかけなきゃいけないからね」
うん、よろしく、とアベルは双子に頷き、サラの肩を抱いたまま陣の中心に立った。サラは紫苑たちに礼を言おうとしたが、そんな暇もなく魔法が発動してしまった。
以前聖地に侵入した際に使った瞬間移動の仕掛けの感覚と似ていた。気が付くと久々に自分の船の甲板にいた。
「サラちゃん、おかえり!」
寧々が駆け寄り手を取る。船室の扉が開き、転げるように出てきたのは浩宇だ。
「よかったー! サラ!! 今ご飯作るからね!」
そう言うとまたすぐ中へ戻っていった。マイリとリアムはサラとアベルが出てきた魔法陣に手を当ててしゃがんでいる。
「サラ、お帰り!」
「お帰りなさい。アベルさんも、良かったです」
二人の顔には明らかな疲労の色が浮かんでいた。目の下には隈が浮かび唇はカサカサに乾燥している。自分の系統外の魔法を無理して使ったからだ……とサラは胸が詰まった。
「ありがとう。この後、サラの兄ちゃんと仲間も来るよ。だから全部であと七人なんだけど……大丈夫?」
心配気なアベルに、二人は笑顔で頷いた。
「次の転送は?」
「二分後だ。サラ、中で休め。疲れただろう。」
すぐ脇に立っていたスヴェンに促され、サラは食堂へと向かった。自分の船に戻ってみると、改めて自分の体のダメージをもろに感じた。手足は重たく、上手く動かない。食堂へ一歩踏み出したところで、視界が暗くなりサラは意識を失った。
頭の中に響く、懸命な叫び。「無事だ、今は会えない。鍵の探索を」と繰り返される言葉。この声は……
「兄ちゃん!」
はっとして目を開けると、船室の天井が見えた。しばらく、サラは今の自分の置かれた状況がわからなかった。周りにあるものは、夕日に照らされた見慣れたハンモック。隣のハンモックでは、マイリが寝息を立てている。
上体を起こすと、額に乗っていた濡れタオルがぽとりと腿に落ちた。
「あ、気が付いた?」
窓際に座っている寧々が、本から顔を上げ笑顔を見せた。それを見て、サラは一気に空軍での出来事を思い出した。
「兄ちゃんは!?」
サラは慌ててハンモックから飛び降りたが、右足が痛みよろめいた。寧々が素早く近寄り肩を貸す。
「サラちゃんのお兄ちゃんは、この船にはいない」
サラは血の気が一気に引いた。呼吸が上手くできない。指先が震える。サラのそんな様子を見て、寧々はサラの両肩をしっかりと掴んで目を真っ直ぐ覗き込んだ。
「でもでも、きっと無事! 説明するから、食堂に行ける?」
寧々に肩を支えられながら、サラはよろよろと食堂へ向かった。ほんの少しの距離をサラは永遠に感じた。一体どういうことなのだ。兄はあの魔法陣を使えなかったのだろうか。寧々は「きっと」という言葉を使った。確証がないということではないか。それにさっきの「無事だ、今は会えない。鍵の探索を」と頭に響いた兄の声。何が起こったのか早く知りたいと同時に、話を聞くのが恐ろしかった。




