第85話 助っ人
サラは慌てて空軍の制服を脱ぎ、タンクトップ姿になった。ケイリーも右に倣う。脱ぎ捨てられた二着の軍服は赤い炎に包まれる。
「もう私の魔法では防げないかも」
お互い髪の端が少し焦げた程度で済んだが、次はもう炎がきたら触れるのは生身の皮膚だ。なんとしても避けなくてはいけない。
先程からずっと、炎の攻撃は連続ではしてこない。体の中に熱をためる必要があるのか、仕組みはよくわからないがとにかく今のうちだと思い避けられないよう距離を詰めサラは引き金をひいた。
「嘘だろ……!」
今までのがブラフだったのか今回は無理をしたのか、ナハトはすぐにまた炎を吐き出した。ケイリーの魔法は間に合わない。サラは後ろに下がろうとしたが、足が上手く動いてくれない。丸焦げになる……目の前に迫る炎。背後の兄、山吹色のバンダナの仲間たちの顔が脳裏に映る。
サラが強く目を瞑った瞬間、激しい風が吹き炎はサラの鼻先で横へと逸れた。
「隊長ー!」
空から降ってきて軽く着地する紫苑に、ケイリーが笑顔で駆け寄る。
「私が引き受ける。ケイリーとサラは、ノアを連れて船に向かえ」
見上げると金色の龍が桟橋の船に向かっていた。紫苑はあれに乗ってきたようだ。
「了! 洋さんもいるんだね」
ケイリーも上を見て呟いた後、サラと二人でノアを持ち上げ船へ移動し始めた。
「娘の隊にはとんだ化け物がいたもんだ……」
桟橋ではビアンカと龍の姿の洋に挟まれる形で、逆瀧大将が立っていた。致命傷にはなっていないもののところどころ切られているビアンカとは対照的に、大将は傷一つ負っていない。
「よく言うわ。あなたが化け物よ」
頬から流れる血をぺろりと舐め、ビアンカは笑みを浮かべ斧を振り上げた。それと同時に洋が雷撃を繰り出す。さらにケイリーの吹雪が襲った。
あろうことか逆瀧大将はそれら全てを刀でいなしたり素早く避けたりしダメージを受けなかった。が、最後の一発。ビアンカの斧に当たって跳ね返ったサラの放った弾丸は、右の膝をかすった。
バランスを崩したもののすぐに立ち直す逆瀧大将だったが、ビアンカはその隙を逃さず斬撃を繰り出した。逆瀧大将の軍服の裾が裂ける。続く洋の尻尾の攻撃を刀で受けた。
逆瀧大将は桟橋からすっ飛ばされ、見張り小屋の壁に突っ込んだ。土煙が上がり、大将の姿は見えなくなった。
「今だ!」
サラは叫び、ケイリーと共にノアを船へ放り込み、自身ももんどり打って乗り込んだ。それにビアンカも続き、すぐに船を出した。
洋は引き返しグンター少将と交戦中の紫苑を素早く咥え船を追った。洋の尻尾のさきはざっくりと切れており、今にも取れてしまいそうだった。
船に追いつくと紫苑は甲板に着地し、洋は人型に戻った。洋の背中に大きな切り傷がついており、そのまま船の底に倒れてしまった。
「優先順位としては、洋ね。次にルイ……じゃないノア」
そう言ってビアンカは腰のポーチから小さなボトルと針と糸を取り出した。
「ケイリーと私は迷彩の術を使う。サラ、ビアンカの補助を頼む」
言われなくともそのつもりだったが、サラは黙ってうなずきビアンカの指示を聞き洋の体を固定した。ビアンカは手際よく消毒した傷口を縫っていく。
「あぁ……本当はもっと流れるのをみていたいけど……」
と小さく呟いたのをサラは聞き逃さなかった。思わずビアンカに顔を向けた。
「フフ……私は元外科医なの。さぁ、次はノアよ」
サラに不審に思われているのをどう勘違いしたのか、ビアンカは笑顔で答えた。そしてノアの手当てに取り掛かった。
小屋の崩れた壁の中から、瓦礫を押しのけ逆瀧大将は立ち上がった。
「だから言ったのに……」
「結果論だろうが。お前もどうにかなると多少なりとも思ったから、わしについてきたんだろう?」
人型に戻ったグンター少将を逆瀧大将は睨みつけた。少将は肩をすくめた。
「わがままはお終いですよ。これ以上は身内だからと我々少数で済ますわけにはいきません」
わかっとる、と大将は暗い顔で頷いた。逆瀧大将は怒りに燃える洋の訪問を受けてから、彼を警戒していた。情に厚い男だと知っていた。もしかしたらノアの脱獄に手を貸すかもしれないと少将に見張らせていたのだ。
案の定、用もないはずなのに船の倉庫に向かうという不審な行動を彼はしだしたと少将から連絡を受けた。二人で洋を尋問したが口を割らなかった。が、何かを隠しているのは明らかだった。仕方なく拷問したが、結局何も彼は言わなかった。しかし――
「紫苑も噛んでいるのか」
と問われたときにほんのわずかに瞳が揺れたのを、大将は見逃さなかった。監獄、桟橋、という言葉にもほんの少しだが洋の目線や呼吸は反応を見せた。
娘が絡んでいるとなると大事にはしたくなかった。そこで自分の信頼を置く部下と二人だけで事にあたったというわけである。
パーンッと乾いた音を立て、少将が緊急時の合図の赤い狼煙を打ち上げた。これで、戦闘準備をした兵がこちらにやってくる。
船の上でその合図を紫苑は見た。予想できていたとはいえ、非常にまずい。
「サラ、船のスピード上げられるか? 追手がすぐに来る」
「このカモフラージュの魔法、隊長も私も系統違うからいまいちなんだよねぇ」
兄の怪我もとりあえずビアンカは(残念そうに)縫ってくれたので、サラは船の動力部を見てみた。しかし、浮遊石がついているだけの普通の船だった。これ以上スピードは上げられそうになかった。




