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第84話 漏洩

 サラがノアを独房から連れ出す十数分前――


 紫苑が面会を希望した空賊は、若く血気盛んで後先を考えない男だ。相手の思惑を深読みするタイプではない。牢屋の前に立つ紫苑を寝台に座ったまま睨みつける相手に、鉄格子の隙間からメモをつけた鍵を投げた。メモにはこう書かれている。


「第一区画の牢屋の鍵だ。脱獄するなり暴れるなり好きにしろ。なんにせよ、区画の他の奴らの牢も開けた方がお前のしたいことはやりやすい」


鍵は先ほど見張りに立つ看守の腰に着いていたものを盗んだのだ。メモは事前に用意しておいた。少しでもサラの負担を減らすため、重罪人を収監する独房から遠いこの第一区画で騒ぎを起こしたかった。この男ならばいいように動くだろうと事前のデータを見て、紫苑は判断したのだった。


 鍵とメモを見た囚人は目を丸くして紫苑に視線を移した。


「てめぇ一体……」

「ここを憎んでいるのはお前だけではないということだ」


それだけ言って紫苑は足早に来た道を戻って行った。打合せ通り洋《ヤン》と合流し、できるだけ早く桟橋の船へ向かわなくては。固く拳を握りなおす。


 背後のギイっとドアのきしむ音とそれに続く鼓膜を突き刺すような雄たけびを聞き、紫苑は思惑通りの展開になっていることを確信した。まさか自分がこのように空軍に盾突く日が来るとは夢にも思っていなかった。「とんだ悪党だな……」と一人苦笑いし先を急いだ。




 監獄から一番近い飛空艇の倉庫。その待ち合わせの場所に洋はいなかった。今朝秘密の資料室で会うまで、紫苑は洋をこの作戦に参加させるつもりはなかった。空軍上層部側の人間だと疑っていたというよりは、巻き込みたくなかったというのが本音だ。会って話した時にも、彼には何かを隠している様子はなかった。


ーー嫌な予感がする。


 紫苑は素早く手を合わせ印を組み、捜査系の術を使った。特定の人物の居場所を探ることができるが、探す相手の背格好をよく知っていなければならず、紫苑にはせいぜい半径二十メートル程度の範囲しか捜索できない。それでも、視認できない場所にいるかもしれない彼を見つけるには使った方が良い。


 倉庫内を術を発動しつつゆっくりと見回しながら歩いた。一番奥まで来た時、右手首を見えない糸で引っ張られるような感覚があった。捜索の対象者が自分の右側にいるということだ。


 右の壁際には掃除ロッカーが置かれている。紫苑は駆け寄り両開きの扉を勢いよく開いた。


「洋!」


箒やモップやらと一緒に、手足を縛られ猿ぐつわを噛まされた洋が倒れてきた。紫苑は洋を抱きとめ一度地面に寝かせ、手早く拘束を解いた。顔はところどころ赤く腫れ、左足首はおかしな方向へ曲がっていた。本人の痛がりようから、肋も折れていそうだった。


「悪い、隊長……俺のせいだ」


上体を起こし紫苑の肩を掴み苦痛に顔を歪めながら、洋は涙を浮かべた。


「謝罪はいい。状況を話せ」


紫苑は常備している腰の救急セットから包帯を取り出し、洋の足首を固定した。いつも通り、部下の怪我に痛む心は、紫苑は顔には出さなかった。洋は呻いたが、すぐ喋りだした。


「グンター少将につけられてた。逆瀧大将も来て、拷問された」


洋は今回の作戦を、自分の口からは話していないだろう。長年自分の信念のために地位を落とし、道化を演じてきた男だ。問題は相手だ。


 父もグンター少将も尋問のエキスパートだ。洋も経験のある空兵ではあるが、少しの心の揺らぎが目線や唇の動き、息遣いに現れるのを完璧に隠すことはできない。これだけ傷つけられたらなおのことだ。


 二人は情報を引き出すために、洋をここまで痛めつけた。紫苑は唇を噛んだ。


「二人は監獄の方に向かった……桟橋にいるかもしれねぇ……」


よろよろと洋は立ち上がった。本来なら動くことはできないレベルの怪我だ。


「お前……」

「ここに残るつもりはない。隊長、背中に乗ってくれ」


洋は変化し、紫苑は背中にまたがった。部下を巻き込みひどい怪我をさせた後悔を、無理やり胸の底にしまい込んだ。今はとにかく、ノアを救出するのだ。




 二対一なのになかなか捉えられない。サラは右手と口を使い装填し、グンターを睨みつけた。


「普通は水に弱いから、私の雪の魔法とは相性いいはずなのにな。さすが少将……火力がおかしいよ」


制服をところどころ焦がしたケイリーが、額の汗を拭った。サラは歯を食いしばった。ケイリーの魔法でかろうじて炎の攻撃は防げてはいるが、雪はすぐに溶かされてしまう。ナハトの敏捷性は紫瞳《しとう》族のそれどころではなく、サラの撃つ弾はことごとく避けられてしまう。


 そしてまずいことに、サラの目はぼんやりと霞んできており足元もふらついてきた。血を流し過ぎた……このままでは、いずれ倒れてしまう。


 また相手の炎の攻撃がきた。今度の火力はさらに強く、ケイリーの雪で止めきれなかった。二人の制服に火がついた。


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