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第83話 立ちはだかる

 サラは背中のノアをもう一度しっかりと背負い直し、ケイリーに顔を向けた。


「助かった。でも、どうして?」


ケイリーは雪雲に向けた両手のひらをきゅっと握りしめすぐにまた広げた。雪雲は細かい粒が散るようになくなった。


「見張り台が吹っ飛んだでしょ? まずいことが起きたのかと思って」

「あれは、何が起きたんだか私も知らねぇ」


本当だったらケイリーは、ビアンカと一緒に船で待機だった。それをノアとサラが強奪するという筋書きだった。それならば二人は逃亡の手助けをした罪に問われずに済む。


「テロかな? まあ、とりあえず見つからないうちに逃げよう!」


恐ろしく物騒な言葉を「雨かな?」ぐらいの気軽さで呟き、ケイリーはサラに身振りでついて来いと言った。これでノアと二人で逃げられるんだ、とサラは心が踊った。


「誰か、兄ちゃんの傷を診られないか?」

「ビアンカが医療は担当してる。その出血なら喜んで見るよ」


ちらっとノアの肩を見たケイリーの言う「喜んで」は医療に携わる者が患者の身を案じるという意味合いに聞こえず、サラの頭には疑問符が浮かんだ。が、とにかくノアの傷の処置はしてくれるのだろう。


 約束の桟橋が見えた時、サラの明るい気持ちは暗い谷底に蹴落とされた。


「ビアンカ!」


ケイリーが駆け出した。


 桟橋の先端に船が繋がれており、その前にビアンカはいた。大きな斧を振り回し、血を流しながら恍惚の表情でビアンカは大柄な空兵と戦っている。少し離れたところで一回り小さい空兵が、様子をうかがっている。


 作戦では船は桟橋に停泊させず、サラたちがごく近くに行くまで島影に隠れてることになっていた。そうでなくては、他の空兵に見つかった際に怪しまれてしまう。ケイリーが様子を見に島に降り立ったのを、見られたのかもしれない。


 もうビアンカが空兵と戦ってしまっている以上、当初の筋書きはなしだ。とにかく空兵をどけて船に乗り込まなくてはいけない。


 サラは最新の注意をはらいつつ、素早く背中のノアを地面に下ろした。まだ意識はあるようで、ノアは座り込んだものの倒れはしなかった。


「ごめんね、すぐ片付けるから。待ってて」


手早く装填した銃を両手に持ち、サラはケイリーの後を追った。


 ビアンカと戦っている空兵には、遠目にも貫禄が感じ取られ、手練れであるとサラにはわかった。大刀の刃がビアンカの斧とぶつかり火花を散らす。


 もう一人はケイリーとサラにすぐ気が付き、こちらの方へ向かってくる。遠距離の方が有利……サラはためらわず発砲した。ちょうどサラたちと相手との間に塀に立てかけてあった、工事で使うと思われる丸太の束をまとめている紐を撃ち抜いた。支えを失った重たい丸太が倒れる。


「わーお! ノアみたいだね」


やるねぇ、とケイリーは口笛を吹いた。どこまで緊張感のない人なのだろうか、とサラは呆れると同時に感心してしまった。


 これで足止めできていればよかったのだが、そう簡単にはいかなかった。相手は変化していた。真っ黒い三本の尻尾を持つ犬のような生き物、ナハトだ。低い唸り声。駆けるスピードは一気に上がる。


「げ、本気だ」


体を半身引いて嫌そうな顔をして、ケイリーは先程サラを助けたときに使ったものと同じ魔法を使った。魔法の発動とほぼ同時に相手は口から炎を吐き出した。


 ジュワッと大きな音を立てて、大量の雪が一瞬で蒸発した。蒸気でよく見えなかったが、あたりをつけてサラは二丁の銃を構える。


 引き金を引くたび、回るリボルバー。銃口からはじける火花。


「やったか……?」


音を聞こうとサラが一旦射撃を止めたその瞬間。


「サラちゃん!」


湯気の向こうからナハトが飛び出した。ケイリーの声で反射的に首の前に持ってきた左腕に、ざくりと牙が突き刺さった。


「こんの野郎……!」


痛みに目を回しかけたが、右手に持った銃を咄嗟にナハトの腹へ向け撃った。奇襲が失敗したと悟った相手は、サラのカウンターをもろに受ける前に下がってしまった。が、かすってはいるようだった。ナハトの腹から血が滴っている。


「腕、まだついてる?」


ケイリーが剣を構えてサラとナハトの間に立った。


「ついてる……けど使い物にはならねぇ……」


左手に力を入れてみても、銃を握る感触の代わりに激しい痛みが襲ってくるだけだった。銃はかろうじて指に引っかかっているだけだった。


「あの人、多分グンター少将だ。逆瀧大将の右腕。こんなところに来るような人じゃないはずなのに……。え、てことはビアンカもしかして大将と戦ってるの!?」


ケイリーは頭を抱えた。ケイリーの情報が正しいのならば、もしかするとこちらの作戦はどこかから漏れていたのかもしれない。一体どこから……いや、今はそんなことを考えている場合ではない。サラは左腕の痛みを無視するよう脳に命令し、右手で銃を構えた。



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