第81話 怒りに任せて
蛍光黄色の囚人服が赤黒く染まっていく。ノアが膝をつきそのまま倒れそうになるのを、サラは支えた。
「素晴らしい射撃の腕前だ。しかし、君は碧瞳族。肉体は脆弱で戦闘、特に近接戦には向いていない」
看守長は舌なめずりをした。色眼鏡は戦闘の衝撃からか、右目だけグラスが割れていた。のぞく瞳の色は……紅。看守長は片手に持っていた薙刀を両手で構え直した。
ノアは右肩を深く切られているようだった。銃を握ることができていない。一方で看守長も無傷なわけではない。ところどころ弾がかすっている。が、動きを奪われるほどの傷ではない。サラは兄の前に立ち、銃を構えた。握る手に力が入る。体が熱い。
「サラ……頼む、逃げて。俺はきっとまだ殺されはしない。どうにかするから」
「その傷、下手すれば右手を失う深さだ。奴らは殺しはしないけど、五体満足でいさせる気はない」
サラは看守長の足を狙って撃った。一発目が避けられることは予想済みだった。二発目は避けた先を狙ったが想像以上に素早くほんの少しかすっただけだった。
「サラ……看守長は紫瞳族だと思った方が……良い」
痛みに顔を歪めながら、ノアが言った。そして、サラに借りていた銃を渡した。
看守長は手から炎の玉を出し、サラの顔めがけて投げつけた。視界を遮るつもりか。そうならないようしっかりと看守長の位置を確認したまま避け、二丁の拳銃を微妙にタイミングをずらして発砲した。
ガキンッと音を立てて薙刀の刃が折れた。
「やるじゃないか。妹も狙撃の名手だとはね」
武器を失ったというのに、看守長は余裕の表情だ。応援がすぐにでも来るのかもしれない。できることなら拘束して人質にでもしたいところだが、それは危険すぎるだろうとサラは即座にその考えを否定した。
手早くハンマーを弾き左右の銃口をそれぞれ違う方向へサラは向けた。次で仕留める。一つは真っ直ぐ看守長の方へ、もう一つは跳弾を狙いドアの把手の方へ。この距離ならば、外さない自信がサラにはあった。
「木縛りの術!」
折れた薙刀を投げ捨てサングラスを取り、看守長は目にも止まらぬ速さで両手の指を組み合わせそう叫んだ。
サラの足元からにょきにょきと枝が伸び、あっという間に足から全身へと絡みついた。サラは慌てて引き金を引いたが、手元が狂い狙いは外れた。手首は妙な方向にひねられ、これ以上銃を撃つことはできない。いくらもがいても、みしみしと乾いた木の音を響かせるだけだった。
「お前の目……?!」
先程から気になってはいた。看守長の使う武器は紫瞳族のものだ。それに、サラが見たことのあるスヴェンの炎より看守長のものは火力が低かった。
「ここで逃がしちゃ罷免になってしまうからね」
看守長の右目は紅、左目は紫だった。サラは今朝紫苑と見た空軍の実験の記録を思い出した。他種族の目を移植するというおぞましい実験……。きっと看守長はその被験者だ。実験は成功している。
「さて、妹の方も独房へ……へぇ、まだ動けるのか」
看守長の頬にスッと真っ直ぐ赤い傷がついた。
「サラを……離せ……」
サラの手から銃を取り、ノアは左手で立て続けに発砲した。しかし、あっという間に弾は尽きてしまった。看守長にはかすり傷を負わせただけだ。右手の使えないノアには弾を装填することはできない。体の自由を奪われたサラにも不可能だ。
ノアは銃身側を持ち、看守長との距離を詰める。看守長の繰り出すにょきにょきと生えてくる枝の攻撃をを避けながら、近付く。右肩からの出血が酷い。
「だから、近接戦は向いてないって言っただろう?」
ノアは銃で殴りかかるが、軽くかわされてしまっている。これ以上動いては、失血死してしまう。
「兄ちゃん!! もう……」
サラは涙混じりの声で叫んだ。そして、判断を誤ったと自分を責めた。先ほど怒りに任せて看守長を攻撃していなければ、自分が拘束されてノアが無理に動くことはなかった。ノアの言う通りに自分だけ逃げれば、態勢を立て直してまた出直すことができたかもしれない。掌に爪が食い込み、握りしめた拳から血が流れた。
ノアががくりと膝をついた。看守長はただ攻撃を避けていただけだ。ノアの身体が限界を迎えたのだ。サラは全力を振り絞って身体を捻ったが、木の拘束はびくともしなかった。
「死なれちゃ困るよ。医療班がきたら、すぐ止血しないとね。それにしてもこんなに騒いでるのに、応援が遅いな」
ノアを見下ろしていた看守長はふと刑務所の建物へ目をやった。
その時、鼓膜を破かんばかりの爆発音が響いた。




