第80話 蹴散らす
独房の中へ身を隠すか、外へ逃げるか……サラが迷っているうちに足音の主の声が響いた。
「素晴らしい兄妹愛だね」
白い空軍の制服とは少しデザインの違う真っ黒な服を着た女が、パチパチと乾いた拍手をしながら看守を四、五人引き連れてサラたちの方へ歩いてきた。こんな暗い中なのに大きな色眼鏡をしているので、種族はわからない。
サラは後ろ手に隠し持っていた銃を取り出しノアに渡した。
「あれは看守長だ。こうなったらもう……サラに合わせる」
最早他に選択肢がないことを悟り、ノアは覚悟を決めたようだ。看守たちの死角になる位置できちんと銃を受け取った。
「一体どこでその制服を手に入れたのやら。危うく騙されるところだったよ」
怪しげな笑みを浮かべ看守長は近づいてくる。サラは紫苑と打ち合わせた作戦の遂行のために、必要なことを考えた。とりあえずここを出て中庭までは行きたい。兄と二人、銃があればどうにかできそうだ。いや、する。
「制服一つで騙されるなんて、空軍は大したことねぇな」
もう少し、近くに寄せたい。サラは時間稼ぎのために言葉を返した。看守長はますます笑みを大きくする。獲物を追い詰めることを楽しんでいるかのようだ。
「『危うく』だよ。騙されてはいないさ。ここの警備が手薄なことを君は不思議に思わなかったのかい? ノア・シルヴェストルに与するものを炙り出すためだよ。そして、見事に君は引っ掛かった」
相手が射程距離に入った。背後に兄の息遣いを感じる。
「朝鳥の方へ!」
昔兄と決めた符牒をまだ覚えてもらえていると信じて叫び、サラは素早くアベルの煙玉を投げた。
煙玉が爆ぜ一気に視界が白く曇った。と同時に銃声が鳴った。サラは構わず中庭のドアへ駆け出した。後ろからノアもついてきている気配がした。どうやら符牒を――朝鳥は右ということを覚えていてくれたようだ。
中庭に出てサラが後ろを振り返ると、ノアが勢いよくドアを閉めたところだった。
「看守長には当たらなかったけど、二人はやった」
やはり先程の銃声はノアが発砲した音だったのだ。二人でこんな風に危機を乗り越えてきたことを、サラは懐かしく感じた。しかし、そんな感傷に浸っている暇はなかった。
「あいつ捕まえたら恩赦だろ?」
先程サラに見向きもしなかった中庭の囚人たちがざわざわと興奮気味に近づいてくる。どうやらノアが脱獄した場合捕まえるよう指示されていたようだ。手段を選ばない空軍側の姿勢に、兄あるいは父が異様に警戒されているとサラは感じた。
襲い掛かってくる囚人たちはさすがに武装していない。兄と二人で次から次へと来る敵を蹴散らしながら、父に苛立った。イヴァンの鍵は、家族より大切なのか? そんなもの求めずに、普通に暮らしていれば……
サラははっとして拳を繰り出す囚人の攻撃をかわし、みぞおちにけりを入れた。囚人が呻いてうずくまる。
「催涙ガスとはやってくれるね」
ギイっと嫌な音を立ててドアが開き、看守長が一人独房の部屋から出てきた。アベルはかなり強力な催涙効果があると言っていたが、持続性はあまりないのかもしれない。あるいは、色眼鏡のせいか……とサラは舌打ちした。サラたちは囚人たちと挟み撃ちされる形となった。
「サラ……」
「看守長は任せる」
兄が何を言おうとしているのかが手に取るようにわかり、サラはみなまで聞かず返事をした。ノアは頷き、サラに背を向けた。
サラの前に立ちはだかる囚人は残り四人。サラ一人になったのを見て好機と捉えたようで、にやにやしながら迫ってくる。先程までサラは一度も発砲していなかった。その必要がなかったのだ。ほとんどの囚人をノアが撃ち戦闘不能にしていた。サラは仲間を盾にし弾をかいくぐってきた囚人を、隙を見て銃で殴り倒していただけだった。
サラは残弾数を確認した……十分だ。
サラが銃をまともに扱えないとでも思っているのだろう。囚人たちは怯まず直線的に近付いてきた。
「なめやがって……!」
サラは構えると、囚人たちの足を狙って立て続けに銃を放った。
「うっ……なんっ……」
銃弾は見事に四人の足の甲を貫き、身動きを封じることにサラは成功した。余りの早撃ちに、囚人たちは足の痛みが被弾したことによるものだと気付くのに少し時間を要した。そんな彼らの様子を最後まで見届けることなく、サラは看守長と対面している兄の方へ振り向いた。
「兄ちゃん……!」
驚愕の光景に、サラはノアの下へ血相を変えて駆け寄った。




