第79話 問答
サラは広く真っすぐな通路へ出た。両脇に牢屋。中央は四階まで吹き抜けになっている。吹き抜けの両側には一階同様、牢屋が顔を並べる。そして中には蛍光黄色の囚人服に身を包む受刑者たち。
入ってすぐのこんな場所に重要人物である兄がいるはずはない。奥へ進まなくては……とサラはざっと見回す。等間隔で看守が立っている。どこにも隠れるところがない。サラはあえて堂々と歩いて行くことにした。紫苑がかけてくれた術が上手く効くことを願った。術が切れていた場合でも、制服を着ているのだからこそこそしていない方が誤魔化せる。
囚人たちはサラに気付いていないのか、何の反応も示さない。
「ぶえっくしょん!」
目の前を通り過ぎた瞬間に看守がくしゃみをし、サラは飛び上がった。
「……」
ただタイミング悪くくしゃみをしただけのようだった。サラのことは視界に入っていない。心の中で脅かすなよな、と毒づきサラは足音を立てずさらに通路を進んで行った。
紫苑の術は思ったよりも効果てきめんで、次の部屋へサラはすんなりと進むことができた。開けた部屋で、いくつもテーブルとベンチが並んでいた。奥の壁に「返却口」と書かれている。食堂のようだった。
食事の時間ではないようで、人はほとんどいなかった。まばらに看守が立っている。柱やテーブルに身をひそめつつ、サラは「中庭」と書かれたドアへ向かい、たどり着くとできる限り細く開け体を滑り込ませた。
中庭には、蛍光黄色の囚人服を着た男たち十数名。体操をしていたりぼんやりベンチに座っていたりする。サラに気付いたものもいたようだが、特に注意を払ってはいないようだった。空軍の制服を着ているおかげだろう。
サラは隣の建物へと続く扉を開けた。扉には「要注意!凶悪囚人収監独房あり」と書かれていた。
先程までの建物内には窓から外の光が多く入っていたが、こちらはどんよりと暗かった。脱獄の危険を考えて、あえて窓をあまりつけていないのかもしれない。目が慣れるまで、サラは隅っこで息を潜ませた。徐々に様子が見えてきた。
この部屋には看守がいない。暗くて精神衛生上よろしくないからか、凶悪犯の近くで悪影響を受けてしまうからか、サラには理由はわからなかった。
最初に見た牢屋は鉄格子の扉だったが、こちらは分厚い鉄の扉で二十センチ四方ののぞき窓が付いているだけだった。壁は石でできており、近くまで行ってのぞき窓から中を見ないことには、誰が収監されているのかわからない。
扉は七つ並んでいる。サラが入ったのとは反対側の入り口近くに階段が付いており、バルコニーのように柵が設けられた廊下が三階まであり、一階部分と同じように各廊下に七つ鉄の扉がはまっている。ということは、全部で二十一部屋だ。
さて、どうやって兄を見つけよう……一つ一つ覗いて行くしかないか? と腕組みしていると、サラが入ってきたのとは違う扉が開きワゴンを押した看守が入って来た。暗くて何をワゴンで運んでいるのかは見えなかったが、食べ物の匂いが漂ってきた。あまりおいしそうではない……ここの囚人は食堂にさえ出られないようだ。
いくつもある独房が、全部埋まっているとは限らない。食事を差し入れているかどうかでだいぶ絞れると、サラは内心喜んだ。紫苑の術がもう解けている可能性を考え、隅の暗がりに佇んだまま観察した。
ワゴンのサイズ感から大した数ではないと踏んでいたが、なんと一箇所にしか食事を入れなかった。サラが入ってきた入口とは反対側の、食事のワゴンを押した看守が入って来た側のドアから四つ目、一階の部屋だった。
サラは今すぐにでも確認したい衝動を抑え、看守がドアの向こうに消えるのを待った。
ドアが閉まった瞬間、サラは勢いよく走り出し食事が差し入れられた扉ののぞき窓を開け中を見た。
「兄ちゃん……!」
いた。ノアだった。差し入れられた食事には見向きもず、小さな明かり取りの窓の方をぼんやりと眺めていた。髪や肌は脂で汚れている。しかし、どんよりと曇っていた目は、のぞき窓のサラの目と合うと一気に光を取り戻した。
「サラ!? 何でこんなところに……!」
サラは一旦のぞき窓から顔を離し、紫苑とこっそり拝借した鍵を鉄の扉の鍵穴に差し込んだ。鍵はきちんとはまり解錠でき、サラの胸は高鳴った。
スライド式のドアは見た目通り重かったが、内側からもノアが動かしていたのですんなり開いた。
「サラ!!」
「兄ちゃん!!」
ぎゅっとお互いの身体を強く抱きしめた。懐かしく愛おしい匂い、感触。サラはずっと兄の腕の中にいたいと思った。この温もりに触れるために、どんなことにも耐えてきた。しかし、数秒後ぐっと強い力で押し返された。
「サラ、何でこんなところにそんな格好で……?」
「兄ちゃんを助けに来たんだ! 一緒に出よう!!」
サラの言葉に、ノアは悲痛な顔をして首を振った。
「すぐ逃げるんだ。その格好で戻れば、今ならどうにかなる。脱獄を手引きしているのを見つかったら、ただじゃすまない」
ノアが真剣なのは十分伝わってきたが、サラは引き下がることはできない。
「ここまで来て、そんなことできるわけない! いいから、来て! あとは船に乗るだけなんだ」
この問答している時間がもったいないと思い、サラは兄の手を素早く取り独房の外へと引っ張った。しかし、ノアは独房の中で足をとめた。
「サラ……サラの犠牲の上に助かるなんて兄ちゃんはもう、ごめんなんだ。あんな思いをするくらいなら、自分が死……」
「犠牲になるつもりなんてない! 私は……」
コツ、コツ、と靴の鳴る乾いた音がしてサラは口をつぐんだ。




