第78話 作戦変更
自分を見上げる紫苑が軽く頷く。サラは通気口から飛び出し、スタッと床に着地した。
「おい、お前もしかして……」
サラの顔を見て目を丸くする洋に、紫苑は何でもないことかのように言った。
「そうだ。ノアの妹のサラだ」
そんなに兄と顔が似ているのだろうか……と疑問に思ったが、洋が黄瞳族なのを見て思い直した。多分こいつは寧々の島から離れる時、私を見ている。兄を背に乗せていた龍だ。
「てっきりビアンカかケイリーかと……」
紫苑は首を振る。
「彼女たちは脱獄させたノアとサラが逃げるための船を確保してくれてる。元々は……表面上はあくまでサラの単独行動という体にして、逃がすつもりだった。私はここにとどまり内側から働きかけノアの無実を証明しようと思っていた」
洋は顎に手を当て思案顔で「なるほど」とつぶやいた。
「『元々は』ってことは、考えが変わった……ということでいいのか?」
今は棚に戻された、真っ黒い表紙の本を紫苑は見つめた。唇がかすかに震える。
「……そうだ」
短く答える紫苑。洋を見上げ、彼の肩に力強く手を置く。サラはその仕草に親しみと尊敬の念のようなものを感じた。
「お前は……空軍の思想に従うふりをして、ずっとできる範囲で自分の正義を通してきたんだな。お前が左遷されたあの事件も、そういうことなんだろう?」
洋は肩をすくめて「そんな大層なもんじゃないさ」とため息と共に小さく吐き出しただけだった。「あの事件」が一体何なのかサラは気になったが、今はするべきことをしなくては。
「で、お前は兄ちゃんの味方ってことでいいんだな?」
即座に真っ直ぐ頷く洋。サラが気圧されてしまいそうなほどの迷いのなさ。嘘のかけらもなかった。
空軍はとんでもない思想を抱いていた。非人道的なこともしていた。とはいえ、紫苑と洋は長年所属していた。この巨大な力を持ち世界中に鋭く目を光らせる組織――それを裏切る覚悟をこの二人は決めた。己の正義のため、そしてノアのため。
ああ……兄ちゃん、良かったね……
サラの胸は熱くなる。自分がスヴェンたちに出会ったように、兄も良い仲間に巡り会えたのだ。
洋に続いて姿見を通り抜け秘密の情報室から出たサラと紫苑は、共に牢へ向かった。姿見は一定の階級以上の者ならば、手をかざすことで通ることができるようだった。
「洋はもともと私より上の少将だった。上層部が権限を剥奪するのを忘れたのか、洋がうまくかわしたのか……」
「少将って、よく知らねぇけどすごく上じゃねぇか?」
サラたちの行先とは反対方向の船着き場へ向かう、かなり小さくなった洋の後ろ姿をちらりと見、紫苑は歩みを止めず頷いた。
「洋が軍の研究施設の警備責任者だった際に、そこは空賊に壊滅された。おそらく、洋の手引きによるものだろう」
「もしかして、それってさっきの瞳の移植の……?」
サラは湧き上がってきた吐き気を抑える。
「そうだと思う。洋はさらにその後も怠惰な勤務態度が目立ち、少尉まで下げられたんだ。今思うとわざとそうしていたようだが」
周囲に人の姿がないことを確認しつつ、空軍の階級について説明しながら紫苑は歩いた。一番上が元帥。その下に大将、中将、少将、大佐、中佐、少佐、大尉、中尉、少尉……と続いていく。
「兄ちゃんは?」
「洋の三つ下、伍長だ。入隊三年も経たずあの歳で伍長はかなり優秀だ。なのに、今回の件だ……上層部は手段を選ばない、か」
施設が近づいてくると一度立ち止まり、紫苑は術を使ってサラの姿を見えづらくした。
「私の術系統は風だから、この無系統の迷彩の術は質はいまいちであまり長く続かない。自分でも気配を消して物陰に隠れてほしい」
サラはそれなら得意だ、と頷いた。
監獄に着くと紫苑は表情を変えず、ノアではない別の囚人の名前を告げ面会希望だと看守の男に伝えた。看守は訝しげな顔をしていたが、次の任務でその空賊の持つ情報が役に立つかもしれないと紫苑が言うと監獄の中へ向かう門を開けながら「そうでしたか。お疲れ様です」と呟いた。窓口の下に息を潜めてしゃがみこんでいるサラには気が付かなかった。
「問題はここからだ」
建物内に入った紫苑がほとんど口を動かさず、サラの方を見ずに告げた。紫苑にもノアがどこの牢に入れられているかはわからない。最奥の重犯罪者を繋ぐ牢だと予測することしかできなかった。
「わかってる。上手くやるさ」
サラはささやき声で返した。看守の目をかいくぐり、どうにかノアを見つけ出す。腰のホルスターに収まる銃に、そっと触れた。
ここまで来たのなら、やって見せる。




