第77話 本当の目的
サラが何か言う前に、紫苑は通気口の蓋を開け部屋の中へ再び飛び降りた。サラはその場に留まり様子をうかがい続けた。
「た、隊長?」
洋は上ずった声でそう言い、続く言葉が出ないのか口をぱくぱくさせている。
「ここから出たい。脱出経路を教えてくれ」
「ちょっと待ってくれ。状況が全然わからないんだが……もしかして、隊長もノアの無実の証拠を探しに来たのか?」
そんなところだ、と紫苑は頷く。
「だったら、無駄足だ。すでに情報は抜き取られていた」
「そうか……では、とにかくここを出る方法を教えてくれ」
洋は眉を寄せ、腕を組み紫苑にその黄色い双眸を向ける。
「隊長、何か隠してるな? あんたは多分もう、ノアを助けるために動き出してる……違うか?」
紫苑は紫の瞳で彼の視線を受け止める。
「なんにせよ、私はここから出たい。早く出口を教えてくれ」
「待ってくれ! 俺にも協力させてほしいんだ。今回のことは……俺の責任でもある」
紫苑は黙って洋の次の言葉を待った。
「俺はそもそも、あいつを守るためにあんたの隊に入ったんだ。上層部は元よりあいつをこんな形で利用することしか考えていなかった。あんたが連れてきたあいつがダミアンの息子だということは、初めから知られていたんだ」
洋の話はサラにとっても衝撃だった。始めから利用するつもりだった……
「どういうことだ……?」
魔法による血液検査でノアの身元が初めから割れていたことを、洋は紫苑に伝えた。
「俺は……ダミアンとは知り合いだ。仲間だという意味じゃねぇからな? ただ、借りがあるんだ。それに、ノア自身のことを俺は大事な仲間だと思ってる」
洋は大きなため息をつき、覚悟の光を反射する瞳で紫苑を見据えた。
「隊長は俺を巻き込まないようにって、そうやってつっぱねてるんだよな。違うんだ。俺はもう、この組織に身を置くことに嫌気が差した。ノアと一緒にここを去る」
「お前の気持ちもわかるが、それは早計じゃないか。私だって今回のやり方には反対だ。しかし、軍を去ってしまっては結局ノアを根本的に救うことはできなくなってしまう」
洋の瞳には影がさし、その分光は強さを増す。
「隊長、俺はあんたのこと尊敬してるんだ。だから……ある意味これはあんたを裏切る行動かもしれないけど、受け止めてもらいたい。その上で考えてほしい。今後どうするかを」
洋は一番壁際の書類棚の一番上の段から真っ黒い本を取り出し紫苑に渡す。
「……空軍の創始者が執筆者だ。ここには『抑止力』としての役割ではなく『支配』が目的であると書かれている。要するに、軍事力を持ってあらゆる郡を従わせ、それによって平和を実現させるという考えだ」
紫苑は示されたページを音読する。
「『創始者の意志を継ぎ、世界平和のため尽力せよ。鍵を必ず手に入れ、箱の中の全知全能の力を手に入れよ。黒瞳族の力を』……なんだこれは?」
その次のページからは、日付と署名が並んでいた。洋は歴代空軍元帥の署名だと言った。一番最後に書かれている名前は現元帥の「ブレンドン・ワインバーグ」だった。
「黒瞳族って全種族の特性を持った伝説上の種族だろう? そんなもの存在するのか」
「少なくとも上層部は信じている。……人工的に造ろうともしていた」
洋は一段下の棚にあるファイルを取り出す。表紙には「他色眼の移植について」と書かれていた。
紫苑の手の中の書類はサラからはよく見えなかったが、書類は不揃いで一部焦げているものもあった。どうやら、他種族に眼球を移植する実験を行った際の膨大なデータのようだった。
「『近年発表されたジェイ・フェアクロフの論文にて、他色眼の移植については効果より副作用が大きくデメリットが上回ることが説得力を持って述べられた』って最後にあるだろ? だから今現在、この実験は、無期限凍結処理になってるが……」
「何が『平和のために強き鷹であれ』だ。空軍上層部は人として踏み込んではいけない領域に足を突っ込んでいる」
紫苑は洋の言葉に被せて吐き捨てるように言った。肩が揺れていた。
「要するに、その黒瞳族の力を手に入れるためには上層部は手段を選ばない。箱を開けるための『イヴァンの鍵』に一番近いとされるダミアンはずっと標的だし、彼の息子のノアも同じだ」
そして自分もか……サラは通気口の中で、静かに、しかし長い息をついた。
「で、もう一人隠れてるのは誰なんだ、隊長?」
洋の言葉にサラの息は一瞬止まった。




