第76話 隠された情報
二階の総合執務室には、紫苑が話していた通りまだ誰もいなかった。長方形の部屋には事務机が二十台ほど並んでいる。だいたいどの机の上にも航空地図や雑多な書類などが散らばっていた。壁際には本棚やハンガーラックなどが置かれている。空気はなんとなく埃っぽかった。
部屋に入って右手奥の壁には、鍵のついた飾り棚のような物が設置されていた。紫苑は奥から二番目の「フレディ」と名札の付いた机の一番上の引き出しを開け鍵を出した。鍵を鍵穴に入れて回し、その飾り棚の扉を開けた。中にはフックに引っ掛けられて、様々な種類とサイズの鍵が並んでいた。その中から「マスターキー」とタグの付いた鍵を紫苑は取り出し、ポケットに入れた。
「フレディが以前と変わらない場所に鍵をしまっていて良かった」
「不用心なやつだな」
その不用心さにサラは心の中で感謝した。その時だ。まだ誰も来るはずのない総合執務室のドアが開いた。サラと紫苑はサッとしゃがみ込み机の影に隠れた。こっそりと入ってきた人物を盗み見た紫苑が眉間にしわを寄せた。
「なぜこの時間に……? フレディだ! こっちへ来る。移動するぞ」
机より上に頭が出ないようしゃがんだまま、できる限りのスピードで二人は移動した。フレディが背を向けている隙に、執務室とドアでつながっている隣の部屋へ音を立てず滑り込んだ。
「ここは?」
「資料室だ。ここから廊下へ出よう」
紫苑は廊下へ続くドアに手をかけたが、開かない。鍵が掛かっているようだった。
「内側から開かねぇってどういうことだよ?」
「情報漏洩防止のためだ……。めったに来ないからすっかり忘れていた」
ここの鍵を紫苑が持っていないということは、口調と表情から明らかだった。資料室に入ったのは失敗だったかもしれない。執務室にはフレディがいる。紫苑が適当に誤魔化せるかもしれないが、彼がもし机の中の鍵がないことや収納場所にマスターキーがないことに既に気づいていたら、彼の前に出ていくことは自首するようなものである。
サラは当初の予定を実行せざるを得ない気がし、天井を指差した。
「もう、仕方ねぇんじゃねぇか?」
「……通気口か」
本棚を利用し、二人は天井の通気口へ入り込んだ。予想通り衛生的とは言えない状態で、小柄なサラでも匍匐前進して進むのがギリギリの狭さだ。紫苑を先頭にし、進んだ。彼女はすぐに進むのをやめた。
「ここで出るぞ」
隣の部屋に降りるようだった。長距離を移動しなくて済んで、サラはほっと息をついた。
「そっくりな部屋だな」
天井の通気口から室内へ跳び下りて、サラは部屋を見回した。資料室と同じようにファイルが本棚にぎっしりとつめられている。返事がないので紫苑に目をやると、彼女は非常に厳しい顔をしていた。作戦が早くも立ち行かなくなったのかと、サラは心配になった。
「おい、どうしたんだよ?」
「ん……すまない。少し考えていた。今回の件に関する情報が手に入るかもしれん」
首を傾げるサラに紫苑は説明した。
「ここは、本来ないはずの部屋なんだ。館内図に載っていないし、扉もない」
サラは廊下側の壁を見たが、確かにそこにあるはずの扉がなかった。部屋の角にあったのは姿見だけだった。
「おそらく、相当複雑な術か魔法か……あるいはどこかの隠し扉からしか入れないはずの部屋だ。まさか埃だらけの窮屈な通気口から侵入されるとは思っていなかったのだろうな」
「で、この部屋が何なんだよ?」
サラには紫苑の意図がよくわからなかった。
「ここで例えば、でっち上げられた容疑に関する情報が見つかるかもしれないと思ったんだ。しかし、今は牢屋に向かう方が先だな。さて、どうやって……」
紫苑は鋭い視線を部屋に走らせ、短く囁く。
「誰か来る気配がする。急げ!」
二人はネズミも顔負けの素早さで、埃だらけの通気口に再び戻った。通気口から部屋を見下ろす形で様子をうかがった。サラの首筋をつうっと冷たい汗が流れる。
ドアのない部屋にどうやって現れるのかとサラは疑問に思っていたが、部屋の角にある姿見から人が出てきた。階級の高そうな、四十代ぐらいの男性だ。紫苑が呟く。
「洋……?」
「知り合いか?」
紫苑は黙って、サラの言葉に頷いた。洋は何かを探しているかのようにしばらく書類棚を見ていた。真ん中辺りに目当てのものがあったようで、フォルダを引き抜き中身を確認し出した。
埃だらけの通気口内。サラは鼻がムズムズし、今にもくしゃみをしてしまいそうだった。必死に鼻と口を押さえる。
そのほんの少しの身動きで、通気口の蓋の隙間から埃が落ちていった。どうすることもできず、サラは洋がそれに気付かないことを祈るばかりだった。ふわりふわり。サラは歯を食いしばり埃を見つめる。
その埃が見事にフォルダの角にとまり、洋は跳ね上げられたかのように顔を上げた。
「誰だ!?」




