第75話 理由
サラが紫苑と出会う二日前、ロンシャス島、空軍本部にて――
尋問を受け終え紫苑たちと別れた洋は、空軍本部の逆瀧大将の執務室へ向かった。殴るようにドアをノックし、返事を待たずに入っていった。
「猛牛のようだな、落ち着け」
「俺が何で来たかわかってて、『落ち着け』なんて言うのか!」
革張りの椅子に深く腰掛けたまま大将は「まあ、座れ」と両手のひらを下にして上下させた。背後の大きな窓には満月が浮かんでいる。理不尽にもそれが洋をさらに苛立たせた。
洋をより不快にさせたのは先に執務室にノアを連行した張本人の燗流中将がいたことだった。彼は祖父も祖母も父親も母親も空軍という血筋で、洋より年下だったがコネと忠誠心とその戦闘力により中将の地位にいた。部下に必要な指示を出す時以外話すのを聞いたことがなく、右目に眼帯をしたこの男をまるで機械のようだと洋は思っていた。
洋はどうせ何も言わない燗流中将を無視し、逆瀧大将を睨みつけた。
「ルイのことは『経過観察』ってことになってたよな? あいつはずっと空兵として真面目に任務にあたってた。それに、紫苑隊長――お前の娘は、あいつを信頼していた」
また同じジェスチャーをされ、仕方なく鼻息も荒いまま洋はソファに腰掛けた。
「事情が変わったのだ。ダミアンがグスト島の地図を手放したらしい。さらに『イヴァンの鍵』に近付いた可能性が高い。これ以上野放しにしておけなくなったのだ」
「だからって、罪のない若者を利用していいってのかよ? 俺たちから個別に聞き取りした内容は見てんだろ? 誰一人あいつが空軍に背く行いをしていたなんて言わなかったはずだぜ」
逆瀧大将はやれやれ、と首を振る。
「お前は二つの勘違いをしている。一つ、この決定は私一人の意思では覆らない。現に私はこの決定を任務先で聞き、ここには先ほど戻ってきたばかりだ」
また口を開こうとする洋に向かって片手のひらを向け黙らせ、逆瀧大将は続けた。
「二つ、そもそもノアは――お前が言うところのルイは、遅かれ早かれこうなる予定だった。彼がずっと我々と共に空軍として働き続けることを、上層部は想定していない。ダミアンを引き寄せる餌として見ている」
洋は拳を握りしめた。それは、わかっていたのだ。だから、観察担当となり彼と同じ船に乗ることにした。彼に空軍をやめさせるために。しかし、結局こんな事態になってしまった。
洋を含め、実際にダミアンに会ったことのある何人かの空兵は紫苑が連れてきたルイを見た瞬間に、彼を連想した。見た目はもちろん、狙撃の腕前も「彼はダミアンの血縁かもしれない」という考えが正しいと思わせた。
血液があれば、魔法で確認することができる。ダミアンの血液サンプルは本部に保管されていたので、早速秘密裏に鑑定が行われた。ノアには健康調査だと伝え血液を採取した。結果は予想通り、親子であると判明した。
こんな使える手駒はないと、空軍上層部では大事にとっておくことになった。あくまで、駒として。
「あいつは人間だぞ! 『平和のため』って名目で犠牲にして良いわけねぇ」
洋は歯を食いしばった。そんな洋に逆瀧大将は平然と言い返す。
「何を言っている? 『平和のため』なら何でもするのが我々空軍だ。一人の犠牲で多くの命を守れるのなら、それは正しい行いだ」
「本気で言ってんのか?」
洋に睨まれても、姿勢を崩さず表情も変えないまま、逆瀧大将は頷いた。燗流中将も愚問だとでも言いたげに、ため息をついた。洋は目の前のローテーブルに拳を振り下ろし激しい音を立て、何も言わず部屋を後にした。
部屋を出ても、握りしめた拳の震えは収まらなかった。
サラと紫苑が出会った次の日、早朝のロンシャス島――
制服を着るのは二度目だ。以前は名門私立学校の物だったが、今回は空軍の制服だ。サラは軽くため息をついた。
「帽子で多少誤魔化せるが、眼鏡もかけておいたほうが良いだろう。よし、空賊には見えない」
予備の制服を貸した紫苑は、サラの頭のてっぺんからつま先までじっくり見て頷いた。ベルトと肩と名札の装飾以外全て真っ白な制服だ。紫苑いわく、多くの空兵がこの白い制服により他種族といると芽生えるとされる邪心が抑えられていると信じているそうだ。「そういったところも、馬鹿馬鹿しい」と紫苑は吐き捨てるように言った。
「肩書は覚えたか?」
「リバケイン支部のサラ。階級は二等兵。訓練のために寄島していて、今はお前に島の案内をされている」
紫苑は頷いてから、付け足した。
「人前で話す機会はないと思うが……私のことを『お前』呼ばわりすると不審がられる。気を付けろ」
「わかったよ、大尉殿」
サラは肩をすくめた。空軍内のルールはどうでも良いが、兄を救い出す可能性を低くすることは避けなければいけない。
宿舎をあとにし、まだ日の光を吸収しきらないひんやりとした空気の中、空軍本部へ二人は向かった。空軍の制服は動きやすかったが、サラは落ち着かなかった。少し前を歩く紫苑の動作はきびきびとしており、とても軍人らしかった。自分も真似すべきかと思ったが、長続きしなさそうだったのでいつもの歩き方にした。
「お前、その歩き方……ルイ、いやノアもそうだった。足音がほとんどしない」
紫苑がちらりと振り向いたが、サラがどう返事すべきか考えあぐねている間にまた前に向き直った。この歩き方は父親に習ったものだった。相手に気付かれにくい、と。兄とは遊び半分で身に付けたのだが、その後二人で様々な状況を生き抜くのにはとても役に立った。
空軍本部の二階にある総合執務室へ二人は向かった。紫苑が言うには、そこに牢屋のマスターキーがあるとのことだった。
「ノアとの面会は私でもできなかった。マスターキーでこっそり開けるしかない」
昨夜作戦を話す紫苑は苦々しい顔でそう言っていた。
紫苑がいるおかげで顔パスですんなりと空軍本部の建物には入ることができた。通気口を通ろうと考えていたサラは、ラッキーだと思った。ほこりやゴキブリなんかにまみれないで済む。




