第72話 ロンシャス島
空軍本部についてのサラの予備知識は、ゼロに等しかった。まずは島の様子を探る必要があった。
情報を得るために、一番賑やかなところに行きたかった。格納庫を抜け通りの明かりが夜空に反射しているところを目指した。
空軍の制服を着ていなくても怪しまれないか心配だったサラは、できる限り人目につかない暗く細い路地を選んで足早に歩いた。足元をコソコソとネズミが駆け抜けた。野良犬はゴミ捨て場を漁っていた。その様子が幼い頃の自分の姿と重なり、サラは強く首を振った。
動物以外のものには会わず、サラは大きな通りまでやってきた。どうやらこの時間は夕食を求める客のかき入れ時のようで、通りを埋める飲食店は賑わっていた。テラス席でウェイターたちがあちらこちらと動き回っていた。客の方は初夏の夜風を感じながら、のんびり過ごす者が多く見られた。飲食店の他には、武器屋、生活雑貨屋等が並び、それらを街灯の明かりが照らしている。石畳は古びているが汚くはなかった。ぱっと見た限りでは中規模の普通の街のようだった。
みなが白い制服を着ていた。目の色を見ると、様々な種族のものがいる。制服を着ていれば他種族といても邪心は芽生えない、という信仰が根付いているようだった。
サラは気配を消してそのまま路地裏を移動し、時折大通りへ顔を出して様子を伺った。
しばらく行くと、大通りに掲示板があった。ボロボロになって日に焼けている地図が、街灯のオレンジ色の明かりに染まっていた。路地からこれ以上ない程目を凝らし、サラは地図を確認する。
今いる場所は島の西側で、港の近くの繁華街のようだった。東へ進んでいくと空軍本部があり、さらにその奥には監獄がある。本部の北側には訓練所があり南側は居住区のようだった。
新聞記事には「牢に繋がれている」とあったから、兄は監獄にいるとサラは見当をつけた。しかし、本部を突っ切るわけにはいかない。北側の訓練所か南側の居住区かを回らなくては。行くなら……
久々の本部の宿舎のベッドは、紫苑が寝転ぶと相変わらずキシキシと安っぽい音を立てた。階級が上の者用の部屋は、今は満室で使えないとのことだった。ケイリーたちと会いやすいので、紫苑としてはこちらの平の空兵用の部屋の方がありがたかった。
寝そべりながら、今回の件についてもう一度紫苑は考えてみた。大きく分けて二つの点が彼女には不可解だった。
一つ、ルイの正体を上層部はどのようにして知ったのか。ルイを空軍へ引き入れたのは紫苑だった。複数の空賊が派閥争いを繰り広げる、とんでもなく治安の悪い島にいたのだ。その島の子どもたちと彼は協力し合って生きていた。紫苑の見る限り、空賊ダミアンに繋がる情報を彼は何一つ持っていなかったし彼のいた環境からもたどることはできなかった。
二つ、なぜ今になって突然彼を拘束したのか。彼の正体がわかったからかもしれないが、なんとなく、紫苑は上層部は正体を知りつつ彼を空軍に抱えていた気がするのだ。今ダミアンをおびき寄せたい理由があるのだろうか。
紫苑は外出することにした。歩きながらの方が、頭がよく働く……制服を羽織り宿舎をあとにする。
月明かりに照らされる居住区の道にはまばらに人がいた。皆柔らかな表情で、コートのいらない心地良い夜の空気を楽しんでいるようだった。紫苑は繁華街の方へと歩き出し考えを巡らせた。
もしダミアンをおびき寄せるつもりなら、きっと上層部はノアに極刑を言い渡すだろう。少なくとも終身刑だ。そうでなければ、わざわざ危険を犯して助けに来ようと思わない。というか、そもそもダミアンは彼を自分の息子だとわかっているのだろうか。ノアはどのようにして父親と別れたのだろう。
紫苑は、首を振った。いや、そこは今はいい。
ノアに極刑が言い渡されるのならば、自分がやることは一つだ。彼を救い出す。空軍という組織に夢や憧れを抱いていた時期もあったし、忠誠を誓っていたのは事実だ。しかし、こんなやり方はあんまりだ。いくらダミアンを捕まえたいからと言って罪のない彼の息子を利用するのは明らかにおかしい。それに、ダミアンが空賊として長いキャリアを積んでいるのは確かだが、緊急性で言うのならばもっと他に捕らえるべき空賊はごまんといる。
まだ自分の知らないことが多すぎて、紫苑はため息をついた。可能であれば、空軍上層部の持っているであろう情報を探りたい。しかし、そんな猶予があるかはわからない。もし、ノアの死刑が確定してしまったら、彼は処刑場のある別の島へ移されてしまう。そこから連れ出すのは至難の業だ。
そこまで考えたところで、紫苑はふと顔を上げてあたりを見渡した。物音がしたわけでも視線を感じたわけでもない。ただ、空兵としての勘のようなものが彼女に思考を停止し周囲を探るよう命じた。
一人の人物に紫苑は目が留まった。
紫苑に背を向け居住区の案内板を確認している人物は、フード付きのマントを羽織っていた。足元はボロボロのブーツ。かなり小柄だ。性別は紫苑のところからは判別できない。
マントのせいで、制服を着ているかどうかはわからない。ただ、その人物の佇まいがカタギのそれではないと紫苑は確信した。
「なにかお困りですか」
紫苑はその不審者の肩に手を置き、声をかけた。声をかけられた人物はビクッと肩を震わせゆっくりと振り向いた。
「いや、大丈夫です。もうわかったんで」
メガネを掛けているが、顔を見た瞬間紫苑にはわかった。
「お前――」




