第71話 到着
月が護送船の帆を真っ白に浮き上がらせる。風は穏やか。掲げられた空軍の鷹のシンボルがデザインされた旗は、時折ぱらりと揺れる程度だった。
「お届け物ですー!」
眼鏡をかけた宅配業者が満面の笑みを浮かべて、甲板に立つ見張りに妙に甲高い声を掛ける。
「一体誰宛ですか?」
まだ入軍間もないであろうそばかす顔の空兵が宛名を見ようと箱の張り紙を見る。
『空軍のみなさんへ 飲み物各種』
そう書かれた紙を見て、彼は訝しげな顔をした。
「街の役場からです。聞いてませんか?」
そう笑顔で返す宅配業者に空兵がなにか言いかけたところで、様子をうかがっていた別の空兵が来た。こちらは制服の肩に星が一つ着いている。
「ちょくちょくあんだよ。罪人の引き取りのときに、役場とか警備隊とかから空軍にって。非公式で帳簿には記載しない物だから受け取るだけで大丈夫だし、俺たちで飲みきっても誰にも文句は言われない」
そう言われて荷物を受け取ろうとした空兵に、宅配業者は笑顔を崩さず言った。
「お客様には荷物を持たせないっていうのが、社長のこだわりでして……運んでおきます。食料庫はどちらですか?」
中身を一応確認し、ワインとビールの瓶を見た二人の空兵は「言いつけを守らないと怒られちゃうんで……」と申し訳なさそうな笑顔の配達業者に船底の倉庫に運ぶよう頼んだ。業者は甲板の二人に箱の中のビール瓶を一本ずつ渡した。
食料庫で誰も周囲にいないことを確認し、サラは素早く宅配業者の制服を剥ぎ取った。眼鏡を外しベルトに引っ掛けた。ワインとビールの瓶を取り出し、二重底にしていた箱の底から地味な色合いのボロボロのフード付きマントを取り出し身に着ける。
とりあえず、第一関門は突破だ。あの見張り二人には表示よりずっと高いアルコール度数の酒を渡してある。余程酒に強くない限りは酔いつぶれるだろう。起きたときには宅配業者は勝手に出ていったと思うか、存在すら忘れてしまっているはずだ。あとは隠れたまま空軍本部までこの船に乗っていれば良い。
酒場兼食堂にいた二人の空兵の話では、昨日本部を出発して今日この島に着いたようだった。ということはもしかしたら一日でたどり着けるのかもしれない。船の性能が良いのか、空軍独自の航路があるのか、何にせよサラには好都合だった。
時は少し遡り、サラが護送船に乗り込んだ日の朝、ロンシャス島にて――
午前九時きっかりに紫苑は島の監獄を訪れた。
「面会を申し込みたい」
「どなたですか?」
紫苑が「ノア」と短く伝えると、対応してくれていた看守は顔を曇らせた。
「申し訳ありませんが、現在彼との面会は許可されていません」
紫苑は面会の禁止など聞いたことなかった。特に自分の階級では許可の下りないことなど、ないはずだった。
「私は大尉であり……逆瀧大将の娘だ。その私にも許可がおりないのか?」
父の威光を利用するのは、反吐が出るほど嫌いな行為だった。しかし、背に腹は代えられない。
「はい、申し訳ありません」
看守は、きっぱりと言い切った。紫苑は、踵を返し監獄を背に歩き出した。
大将の階級を出してもにべもなかったあの態度は、つまり、それ以上の階級の者しか面会出来ないということだ。もしかすると、元帥や中央政府の首脳部しか――いや、誰一人として会えないなんてこともあるかもしれない。異様な対応だと紫苑は思った。
「奴が何をしたと言うのだ」
紫苑は拳を固く握りしめた。彼の意思を確認したかったが、もうよそうと決めた。場合によっては彼を巻き込んで、世話になった者たちを裏切ろうと決意した。
紫苑が面会拒否された次の日、サラが護送船に潜入した翌日――
食料庫のドアの開く音と足音で、りんごの木箱の中でいつの間にか寝ていたサラは目を覚ました。
「りんごいくつだっけ?」
「十個だな。あと干し肉と……」
朝食用だろうか。二人の空兵が食料を取りに来たようだ。サラは身を強張らせた。こっちに来るな、と強く念じた。ここで見つかっては非常に面倒なことになる。
「果物はこっちか。りんごはっと……」
足音が近づいてくる。板と板の隙間から、空兵が真っ直ぐこちらへ向かってくるのが見えた。頼む、開けないでくれ。
「お、あったあった」
隙間から空兵のズボンが見える。サラはホルスターの銃に手を当てた。
「おーい、終わったらこっち来てくれ!」
「わかったー!」
元気に返事をし、しばらくしてから空兵は仲間の元へ行ってしまった。サラは静かに長いため息をついた。
二人の空兵が食料庫からいなくなってから、サラは箱から出た。直ぐ側の棚の上にはりんごがまだあと二十個はあった。
「危なかった……」
サラは箱の中に隠れる際に、中身のりんごは棚の上に出しておいたのだ。先程の空兵はなんの疑問も持たず棚の上のりんごを持っていったようだ。
ぐうぅ……
少し安心したら、腹が鳴った。腹の音で居場所がばれるなんてことになったら笑えない、とサラは一人苦笑した。まだ十分にあるりんごと、その他の食材を少しずつサラはいただいた。
何時間経っただろうか……サラの首や腰の痛みが酷くなってきた頃、船が止まった。どうやら本部に着いたらしい。
耳を澄ましじっと様子を伺う。船の動きが完全に止まり、足音が聞こえなくなってから、サラは周囲の様子に気を配りつつ外へ出た。甲板に人の気配はなく、船は格納庫へ入れられていた。
格納庫から出ると、辺りは暗かった。雲が厚く月は出ていない。闇に紛れられる……サラには都合が良かった。ここまでついている、とサラは自分を奮い立たせた。
自分の顔が父親に似ているというスヴェンの嫌悪感を抱く指摘を思い出し、色は変えずに眼鏡をかけた。兄が自分の存在を空軍に話すとは思えないが、どこからか情報が漏れているかもしれない。兄のことだって、誰も知らなかったはずなのだから。




