第68話 最後の島
リーミン島の地下墓所でサラたちが見たものは、恐らく瞬間移動の仕掛けで間違いないだろうという話になった。
「いい勘してるぜ、お前」
「えへへー。お役に立てて良かった」
テーブルの端に軽く腰掛け厨房に首を回すサラに、浩宇は照れ笑いを浮かべ頭をかいた。スヴェンがゆっくり口を開く。
「グスト島へつながっているのかもしれない」
「ってことは、また侵入する必要があるのね?」
マイリに尋ねられ「恐らく」とスヴェンは頷いた。リアムは大きなダイニングテーブルに頬杖をつき思案顔だ。
「今回の件で警備がより厳重になっているでしょうから、綿密な作戦を立てる必要が……」
まだ言い終わらないリアムをアベルが珍しく止めた。真剣な顔には毅然とした覚悟さえうかがえた。
「ごめん、それより先にこっちをどうにかしなくちゃいけないと思う。サラ、見て」
新聞の号外だった。郵便鳥が配っていたものを手に入れたらしい。サラは立ち上がり受け取った。新聞の表紙は……
「兄ちゃん……?」
サラは記事を読んで愕然とした。
『……空軍は自軍の中に空賊に連なるものがいることを突き止めた。ルイ・スタイナーと名乗っていた元伍長だ。その若者の正体はかの悪名高い空賊ダミアン・シルヴェストルの実の息子ノア・シルヴェストルだったのだ。
父親譲りの射撃の腕前、特に遠距離の銃の扱いに長け経験年数に見合わぬ早さで伍長まで昇進した彼が、憎むべき空賊の子だとわかり空軍では驚きや悲しみ、怒りの声が上がっている。
現在彼は空軍本部の牢に繋がれており、処分は検討中となっているが、極刑に処されても善良なものなら誰も異議は唱えないだろう。
空賊たちが最も行きたくない島、故に彼らに〈最後の島〉と呼ばれる空軍本部のあるロンシャス島に、ダミアンの一派が現れるかどうかは……』
新聞を持つ手が震える。なぜばれたのだ。自分たちに繋がる情報は一切外に出ていないはずだ。「牢に繋がれている」……? 一体兄はこの後どうなるのだ。「極刑に処されても」……そんな、嫌だ。何でそうなる。
「サラ、助けに行こう!」
ぽんっと肩に手を置かれ、サラの意識は船の食堂に戻された。真剣な眼差しはそのままに、アベルはいつもの笑顔を浮かべている。そうだ、助けに……というか、みんなこれを読んだと言うことは、自分の素性も……
「これが本当なら、サラはスタイナーじゃなくて」
「サラ・シルヴェストルでダミアンの娘?」
今更隠すことはできないと思い、都紀と柘紀の言葉にサラは頷いた。双子は揃って「わーお」と小さく感嘆の声を上げた。
「サラさんが嘘をついているとは思いませんが、衝撃の事実ですね……!」
リアムの目がまん丸だ。居残り組は既に記事を見ており驚き終わっていたのだろう。驚いているのは聖地に一緒に行ったリアム、寧々、浩宇だった。
……スヴェンは?
サラは、スヴェンの顔を見た。いつもと変わらぬ表情だ。
「俺は……知ってたんだ。お前があいつの娘だっていうのは」
スヴェンはほんの少し、バツが悪そうな顔をした。
「何……で……」
わけがわからない。サラはスヴェンを見つめることしかできない。
「使っていた偽名『ルイ・スタイナー』は物語の主人公だろう? 奴が自分の冒険に面白おかしく脚色した話の空賊の名前だ」
サラは声が出なかった。喉がカラカラだ。あの話は自分たちしか知らなかったはずだ。夜寝る前、枕元で繰り広げられた冒険譚。兄と心躍らせたハラハラ、ドキドキする物語。
「髪の色は違うが、ダミアンと顔も似ている。大きな猫目。それに狙撃の名手」
そんなことを言うということは……
「お前……あいつに会ったことがあんのか……」
「そうだ。俺はあの時、ダミアンに命を救われた。だからベルドでお前がダミアンの娘だということには気付いていた。もっとも、気付いたのは勧誘した後だったが」
ペタリ、とサラは床に座り込んでしまった。情報を処理しきれない。
スヴェンは自分を利用しようと……いや、違う。気付いたのは勧誘の後だと今言った。それに、「ダミアンに命を救われた」と……では恩返しで? 違う、だから、気付いたのは勧誘の後だと……それより兄を……兄もそうやってばれたのだろうか? あの冒険譚は他の人にも……
「サラちゃん、一旦落ち着こう」
寧々がサラをぐいっと持ち上げ椅子に座らせた。浩宇が湯を沸かし茶を淹れた。ついでに茶菓子までしっかり出した。勧められるがまま、サラは茶を飲み茶菓子を齧った。
徐々に紅茶の香りとクッキーの味がしてきた。サラの動悸は収まり、頭は少しクリアになった。
「記事を読む限り、何であなたのお兄さんの正体がばれたのはわからないわ。はっきりしているのは、このまま放っておくとただでは済まなさそうということ」
マイリは向かいの席からサラの顔を覗き込んだ。そのマイリの両側に都紀と柘紀が立ってにかっと笑った。
「だから、兄ちゃんを助けに空軍本部に行こう!」
「兄弟がひどい目に遭うのは、放っておけないでしょ?」
罠かもしれない。自分ではなく、イヴァンの鍵に最も近いとされる空賊の父親を空軍本部に誘い出すための。自分の都合で仲間を危険にさらすことは、サラの望むことではなかった。
「いや、私一人で……」
スヴェンがサラの口を手でふさいだ。
「この船の進路は船長の俺が決める。勝手な行動は許さない。サラの兄を助けに全員で行く。いいな?」
全員がなんの躊躇いもなく頷いた。
サラの目からすっと一筋こぼれ落ちた涙。悲しみからか、喜びからか、混乱からか、それは自分でももうよくわからなかった。
山吹のバンダナの一味の船の進路は空軍の総本山、〈最後の島〉ロンシャス島の空軍本部に決まった。




