第67話 嫌なニュース
船のスピードが落ち着きリアムが無事目覚めた頃、ようやく突っ込みをできる程度にサラの心に余裕が生まれた。
「浩宇、お前ここにいちゃまずいだろ!」
え? と当然のように一緒に食堂に来て食料棚の中身を確認していた浩宇は顔を上げた。サラの言葉で他の仲間も「あれ?」とようやく浩宇の存在に違和感を感じたようだった。
「あ……仲間になっちゃまずいかなぁ。料理担当なら毎回するよ、僕」
「もちろん、仲間になってくれると助かる」
いつも通りすんなり受け入れるスヴェン。船の居残り組は自分以上に不思議そうな顔をしている……とサラは思ったが、実際そんな顔をしているのは双子の二人だけだ。マイリとアベルは経緯など気にならないようで「わーい!」と浩宇とハイタッチをして仲間が増えたことを喜んでいる。
「いいけど、まず何が起こったのか教えてくれないと」
「そう、どうしてこうなったのか説明してくれないと」
しっかりした兄弟である。この二人が居残り組にいて良かった、とサラは軽くため息をついた。リーミン島内部で起こったことや見つけたものを、主にリアムと寧々が話した。
「厨房でみんな『立ち入り禁止区域に入った』とか『火事を起こした』とか噂してて……みんなが僕が地下墓所を勧めたせいでピンチになっちゃったかと思って、慌てて助けに行ったんだよぉ」
おもむろに食材を並べながら、浩宇はのんびりした調子で言う。
「もうダメかと思ったぜ。正直助かった。でも、よくお前私達が悪事を働いたと疑わなかったな」
「そうですね。その噂だけだと、僕たち完全に悪者です。実際不法侵入という悪いことはしてますが」
サラとリアムに向かって、浩宇は自信満々に胸を張った。
「生きる事は食べる事。その人の生き方はその人の食べ方に出るんだよ」
「おいしく浩宇の料理を食べてたから信じてくれたってこと?」
アベルに向かってチッチッチッと指をふる浩宇。
「それもあるよ。でも、それだけじゃない。この前は言わなかったけど、一番最初にお昼ご飯を作った時、先に食べてた五人はあとの人たちの分残してたでしょ。で、あとから来た人たちも譲り合って食べてた。そういうことを自然にできる人たち、僕は素敵だなって思うんだよぉ」
食べ物中心の思考は相変わらずだが、何だか説得力があった。
「そんな人たちと色んな島に行けたら……リーミン島にいるより、僕はもっと料理を楽しめるし極められると思ったんだよ」
目を糸のように細めてにっこり笑う浩宇。ぽっちゃりしたこの憎めない男を、サラは頼もしく思った。
夕暮れにさしかかり、空はオレンジを帯び始める。三年ぶりに戻ってきた船は、相変わらず所々傷ついており破壊と修理とが繰り返されてきたことを物語っていた。
「おかえりなさい、橙実。少し、外れたわ……。来月かと思ってたのよ」
「ナオミ、変わんねぇな」
ナオミは橙実が魔法で転送されてきた船の甲板に、静かに立っていた。
「ひと月しかずれてねぇなら十分すげぇよ。ま、その予見は今初めて聞いたから、でっちあげの可能性もあるけどな」
「信じる信じないは、あなたの自由よ」
酒瓶を片手に歩いてきてにやりと笑うダミアンに、ナオミは同じく笑顔で返す。以前と変わらぬやり取りだ。
「まぁ、何にせよ俺は嬉しいよ。やっほーい! 祝砲だ!」
ダミアンはおもむろに腰の銃を取り出すと、帆に繋がるロープの巻かれた滑車に向かって撃った。弾はそこから跳ね、樽の端、マストの補強具を経由し、最後、備え付けの大砲の端に当たり導火線近くで火花を散らした。数秒後、腹にまで響く音を轟かせ大砲が発射された。
「おいおい! 危ねぇだろうが!!」
橙実は慌ててダミアンから銃を奪った。この悪癖も相変わらずだ。相当な深酒をしている。
「で、成果はあった?」
「まずは労うべきではないのか。三年間も潜入していたのだぞ!」
「潜入して帰って来たんだから、何か持ち帰ってるでしょうが!」
「人としてその態度は……」
橙実の到着を聞きつけ近寄ってきた霙と野分はギャーギャーと言い争いを始めた。この紫瞳族の二人の仲が悪いのも、変わらない。
「もちろん、成果はあった。今度、そうだな、エメに潜入してもらって協力してもらいたい。その前によ、面白いことがあったんだ。偶然にもそれが上手く働いて、俺は疑問を持たれず島を離れることができた」
ダミアンの手から酒瓶を取り上げ、久々の酒を橙実はあおった。仲間に促され、船室の中に座った。見たことのない新しい紅瞳族の仲間がつまみをテーブルに置いた。「テオだ」とダミアンに紹介され彼は軽く会釈したが、何も言わなかった。「橙実だ。よろしくな」と橙実は軽く手を挙げた。
「面白ぇ四人組だった。全員瞳は黄色かったが、ありゃ多分上手く誤魔化してるな。少なくとも一人は紅だ。俺の都合と合うからわざと騒ぎを大きくしてやったが、上手く逃げたみてぇだ。大したもんだよ」
そう、橙実は地下墓所に閉じ込められたあと、内部を探索した。そしてその後扉の近くで「助けてくれー! 死ぬー!!」と騒いだのだ。他の騎士団員が扉を開けようとするのを、内側からあえて防ぎ彼らを引き付けて時間を稼いだ。
「頼もしい後輩だな。いつか会ってみたいぜ」
そう言い終わった途端、ダミアンはトイレへかけていった。折角長い務めを果たして戻ってきた日には聞きたくないような、汚い音が盛大に響いた。
「一体どうしたんだよ、船長は。今日何かあったか?」
訝しげな橙実に副船長のエメが新聞を差し出した。一面に大きく青年の似顔絵が出ている。
「『鍵』の材質についての新情報に喜んでいたところにこのニュース。祝いの酒がやけ酒に変わったわ。ダミアンの息子だって」
「ああ、あの随分前に亡くしたっていう……って、えぇぇぇ!?」
でかでかと載っているその顔は、確かに目がダミアンそっくりだった。似顔絵横には「ノア・シルヴェストル(空軍では『ルイ・スタイナー』の偽名を使用)」の文字。橙実の頭の中から自分の持ち帰ってきた情報を整理して伝えなくてはという考えは、吹っ飛んでしまった。




