第66話 三つ目の方法
万事休すだ。サラは唇を噛んだ。
船はまだ飛び移れる程近くにはない。リアムを背負った寧々《ねね》と悪あがきで先ほどの団員を人質に取ったスヴェンと銃を構えたサラは、尖塔から落ちてしまいそうな程端ぎりぎりまで追い詰められた。もともと広くはないスペースだ。五、六人の団員が上がってきた時点で、いっぱいになってしまった。
「さあ、武器を捨て大人しくしろ」
槍を突きつけ、勝ち誇ったように騎士団員が言った。
「それともここから飛び降りるか? 龍の姿になっても我々はどこまでも追うぞ」
眼鏡のおかげでサラたちを黄瞳族だと騎士団員たちはまだ思っているようだった。龍になれるのなら船に辿り着ける。そうすれば斜陽石を使って出力を上げ逃げ切ることができるだろう。なんて、できもしないことをサラは考えた。
「どうかな。俺たちの方がきっと速い」
スヴェンはそう言うと、人質にしていた団員を突き飛ばし、リアムを肩に担ぎ、サラと寧々を引っ張って塔から飛び降りた。突然のこと過ぎて、サラは声も出せなかった。捕まるくらいなら死んでやるってことか? いや、スヴェンはそんな自暴自棄な選択はしないはずだ。では、なぜ……。
ボスン!
「痛っ……なんだよ、これ……?」
何か弾力のあるものの上にサラは落ちた。ふさふさとした金色の毛に手が触れた。
「浩宇だな? 頼む、船まで連れて行ってくれ」
龍だった。サラたち三人はぽってりと太った金色の龍の上に落ちてきたのだ。龍はスヴェンに言われた通り、船に向かってすいーっと進んで行く。
「スヴェン!? サラと寧々……リアムも一緒ね!」
船の甲板にはマイリがいた。龍の背中から飛び降りた三人(と気絶してる一人)を抱きしめた。
「早く逃げたほうが良いよ! 追いつかれちゃう」
人型に戻った浩宇が慌ててちらちらと東の尖塔を見やる。船後方の舵輪前に立つアベルの叫び返す声が響いた。
「わかった! 何かにつかまって!!」
マストやら紐やら柵やらに各々しがみついてすぐさま、船がぐんっと急にスピードを上げてカーブし聖地リーミン島からどんどん遠ざかっていった。龍に変化し追ってきていた聖騎士団員は引き離されていく。
侵入者を逃したという報告を沐辰と共に聞き、仔空は泥水でも飲み込んだかのような気分になった。
「あと、橙実が今回の件でお役に立つことができなかったので、自主的に謹慎処分を受けるとのことです」
「そんな……」
報告に来た団員は苦い顔をして続ける。
「地下墓地に閉じ込められていた橙実の救出の方に人数が割かれていたのは、事実です」
沐辰は騎士団員たちをよく気にかけていた。仔空の知らない橙実という男がしばらくいなくなってしまうのがショックなようだった。
「せっかく忠告してくださったのに、このような結果となり申し訳ありません」
報告をし終わった騎士団員が去ったあと、執務室に二人きりになった沐辰は仔空に頭を下げた。
「何を言うんですか。あなたが無事だったのだから、問題ありません。それに騎士団のみなさんも大した怪我はないとのことでした」
仔空は沐辰の肩に優しく手を置いた。
「ええ……しかし、彼らの目的は何だったのでしょう?」
「何か聞かれなかったのですか。いや、思い出したくないのなら良いんです」
沐辰は大丈夫だと言う代わりに軽く首を振り、考え込んだ。
「そうですね……地下墓所に何があるのか、あの文言の意味は何か、といったことは聞かれましたが……それ以外は何も」
「そうですか」
顔がひきつっていないか心配になり、考えるふりをして仔空はくるりと沐辰に背を向けてゆっくりと数歩歩いた。彼らはあれを見つけたのだろうか。
「考えてもわかりませんね。あなたはこの後事後処理や今後の対策会議等で忙しくなるでしょう。お邪魔にならないよう私はこれで失礼します」
残念がる沐辰をまたすぐ訪ねるからとなだめすかし、仔空は大聖堂を出て島をあとにした。
「さて……どうしたものでしょう」
仔空……と名乗っていた男は一人船の上でため息をつく。包帯を取り髪をひとつ結びにし、仮面を顔に着けた。目も口も嫌に笑った形をしたその面は、表からはわからないが右目の部分は穴が開いておらず外は見えなくなっている。彼は包帯で隠していた左目を開く。その色は、明け方の空にそっくりな薄い碧色だった。
目の色……デメホン島でも見かけた眼帯の男は、色眼鏡を着けて目の色をごまかしていたことを彼は思い出した。彼は紅瞳族だ。
では、他のメンバーは?
術、魔法、銃。どれも黄瞳族が本来使わないものだ。だが、彼らの目は黄色かった。あの眼鏡がそう見せているのだとしたら、他には見ない非常に高い技術だ。色眼鏡で見えづらくしているのとはわけが違う。はっきりと違う色に見せているのだ。
そこまで考えて、彼は唐突に眼帯の男になぜ見覚えがあるのかわかった。
「24513……ということは、もしかして眼鏡は18652が……?」
会ったことがあった。何年も前に、暗い陰気な部屋の中。
「やはり、対策しておくに越したことはないですね」
彼らは脅威に成りうる。仮面を着けた男は、船の進路を彼らの船が去っていった方向へと定めた。
――第二部、完




