第65話 賭け
銃声と硝煙。金属同士のぶつかる鋭い音が響いて、仔空が構えていた剣がぽっきり折れた。衝撃を受けた右手首を押さえながら、彼はサラたちを睨みつけた。
「っつ……何を……?」
サラがこのテクニックを実戦で使うのは今回で二度目だった。跳弾。金属製のドアノブと額縁を経由し弾は剣へと届いた。サラは念のため仔空に向けていない方の予備の銃を使った。仔空からは、スヴェンの陰になって、その銃は見えていない。
「いい加減にしてもらいたい……あなたですね?」
折れた剣を投げ捨て、仔空は掌をサラへ向けた。ほんの少しの痕跡から跳弾による攻撃だと見破ったようだった。雷による攻撃準備。麗華の時より遅いが、この距離では……。
「下がってください!」
リアムが前に飛び出し防護壁を張った。
「残念、無駄ですよ」
弾けるような激しい音がし、目も開けていられないほど眩く辺りが光った。糸の切れた人形のように倒れるリアム。サラは慌てて駆け寄った。意識はないが、息はある。
「沐辰様ー!!」
背後から声がし、サラたちは振り向いた。騎士団員たちが廊下の端から駆けてくる。七、八人はいるだろうか。このままでは挟み撃ちにされてしまう。
「仕方ない。教主は返す」
そう言って沐辰を仔空の方へスヴェンは突き飛ばした。沐辰を抱きとめ、よろめく仔空。一瞬の隙。スヴェンの短く鋭い指示。
「寧々、頼む!」
「糸縛りの術!」
寧々の声が響き、沐辰と仔空は見えない糸でまとめて拘束されたかのように体をぴたりと合わせ廊下に転がった。
「こっちだ!」
スヴェンは素早く気絶しているリアムを抱える。仔空の横をすり抜け、東の尖塔の隠し扉に向かって走った。サラと寧々も続いた。体当たりし扉を押し開け、中へ飛び込む。寧々が交代してリアムを背負う。スヴェンは先ほどと同じ要領で扉を溶接した。
「登るぞ!」
スヴェンの声に焦りの響きが混ざる。寧々が先頭になり、ぐんぐん三人は階段を上がった。あれだけの人数がいたら、いつ扉が破壊されてもおかしくない。寧々は人一人を担いでいるとは思えないスピードで、階段を上がって行った。サラは必死にその背を追いかけた。スヴェンも息が上がっておりかなり苦しそうではあったが、遅れずついてきた。
尖塔のてっぺんに着くと、風がほてった体をひんやりと撫でた。しかし、そんなことを楽しんでいる余裕はない。
「これ……結局……袋のねずみじゃねぇか……?」
息を切らしながらサラは膝に手をやった。
「やり方は……二つ……」
スヴェンも荒い息遣いで柱にもたれた。寧々はそっとリアムを床に下ろした。まだ目は覚まさない。
「今すぐアベルにもらった狼煙を上げてくれ。それに気づいてここまで船が近づいてくれれば、それで脱出だ」
「もう一つは?」
煙球と似たボールを上の屋根に投げつけ当てて、サラは狼煙を上げた。
「船が間に合わなかった場合、ここをそのうち上がってくる騎士団員を一人使ってこの陣を起動させる。一人上がってきた瞬間に階段の上り口を塞ぐ必要がある。リアムが目覚めなくては、元々低い成功率がさらに低くなる方法だ」
「とんだ賭けだな」
そう言いつつ、それ以外の方法がもうあの場ではなかったとサラは思った。あの回廊から挟み撃ちされて逃げることはできなかった。気絶したリアムを抱えたままでは、どこに行くのも難しい。
「ドア、破られちゃったかな」
寧々の言葉を聞き、サラは耳を傾けた。微かに階段の下から足音が聞こえてきた。船の姿は見えない。リアムは目覚めない。
「おい、リアム! 頼む、起きてくれよ」
サラはぺちぺちと軽く頬を叩いてみたが、リアムは無反応だ。鎧のがちゃつく音が迫る。寧々は粉々にされた人形の修復を試みていたが、諦めたようですべてのかけらをまた袋に戻した。
「一人出てきたら、壁を作るのは私がやってみるよ。リアムくんほど丈夫には作れないから、すぐ壊されちゃうかもしれないけど……」
「最悪、火を放つしかないか」
スヴェンが眉間にしわを寄せる。船は見えない。
「捕まえた一人をどう説得するか考えあんのか?」
「脅すか、何か餌をちらつかせるか。サラ、お前の方が得意じゃないか?」
サラは腕を組んだ。相手がいい加減なチンピラのようなやつなら簡単だ。しかし、今回は聖騎士団員だ。教主や聖地を守るために日々働いている人を自分たちの都合のいいようにデメホン島へ行きたいと思わせるのは至難の業だ。
「思いつかねぇな……」
騎士団員たちの足音が大きく響く。
「あ、船だ!」
寧々が飛び跳ねた声を上げる。打ち合わせていた通り島の西側にいたのだろう。船の姿が大聖堂を挟んで反対側に見えた。
「間に合うか、これ?」
騎士団員たちはすぐそこだ。一方船はゆっくりと近づいてくる。仲間たちが飛び移れるようにと気遣ってのことだろうが、サラにはもどかしかった。
寧々が指を組み、術の発動を準備した。サラは役に立つかわからないが、銃を抜いた。スヴェンは登ってきた一人目をすぐに取り押さえられるよう構えている。
「貴様らよくも……」
登ってきた一人目をスヴェンがタックルして拘束した。寧々は術を発動させ、階段の出入り口をふさいだ。後ろから続いて来ていた騎士団員が何か叫んでいる。考えのまとまらないサラは、とりあえず思いついたことを問いかけた。
「お前、豚の生肉は好きか?」
「何の話だ!」
「デメホン島では、うまい肉が食えるんだ」
スヴェンにのしかかられ押さえられている団員の目からは、困惑と怒りの色しか読み取れない。サラは間違った質問をした、と自分をぶん殴ってやりたい気持ちになった。こんな時なのに寧々はそんな様子を見て噴き出していた。作戦変更、力づくだ、とサラは銃口を突きつけた。
「いいか、私が引き金を引けばお前の命は簡単に奪える。助かるにはデメホン島へ行きたいと思うしかない」
「さっきから何を言ってるんだ、貴様!」
「いいから、そう思え!」
サラは柱の端に弾を当てて見せた。石でできた柱はほんの少しポロリと削れた。団員の抵抗は少し弱まった。
「デメホン島へ行きたいと思いさえすればいい。それ以外は私たちは望んでいない」
団員は黙っている。はたしてサラの脅しに屈したのかどうかわからない。少なくとも仕掛けは起動しない。リアムが気絶しているからだろうか。
「賊を捕えろ!」
破られた階段の封鎖。団員たちが、どっとなだれ込んできた。




