第64話 あと少し
寧々が人形を即座に操り、教主が吹き鳴らした笛を取り上げた。しかし、時すでに遅し。廊下の端から騎士団員が走ってやってくるのが見えた。
「教主を拘束できるか?」
スヴェンの言葉にうなずいて、寧々の人形が縄を取り出しぐるぐると教主に巻き付けた。アベルが用意してくれた、雷に強い素材だった。無駄な抵抗をさせないために、もちろんそのことを教主にも告げた。
「こんなことをしても……! 今の合図で全ての出入口は封鎖されます」
キッとサラたちを睨みつける教主。
「動かないでください! あなた方の教主様はこちらの手の内にあります!!」
まだ槍が届かない距離。遠くから駆けてくる騎士団員にリアムが叫んだ。騎士団員はぴたりと動きを止めた。
「私のことは良いのです! 賊を捕えて……」
「黙ってろ」
叫ぶ教主の口に、サラは銃口を突っ込んだ。どうやら銃を知っているようで、効果はてきめんだった。目に恐怖の色が浮かんだ。悪いとは思ったが、ここを逃げ切るためには致し方ない。
「沐辰だったか……こっちだ」
スヴェンに引きずられるようにして、よたよたと沐辰はサラたちについてきた。
「スヴェンさん、もしかして東の塔まで連れて行く気ですか」
もう役に立たないと踏んだのか、着たばかりの鎧をリアムは脱ぎ捨てる。
「最悪そうだな」
リアムとスヴェンのやり取りを聞いて、なるほど、とサラは小さく頷いた。教主は黄瞳族だ。彼を使って瞬間移動の仕組みを起動すれば逃げ切ることができる。アベルたちとは入れ違いになってしまうが、そこは後で考えればいい。教主がデメホン島に行きたいと思ってくれるかということは、また別の問題として残るが。
大聖堂の西側の回廊にいたサラたちは北側の回廊を通り東へ回りさらに南下しなくてはならない。かなり遠い道のりだ。果たしてたどり着けるのだろうか、と予備の銃も取り出してサラは恐怖と尊厳との間で揺れる黄色い瞳を見やった。
いつもは鍋とおたまのカンカンとぶつかる音が響き料理人たちの怒号が飛び交う厨房は、今日に限っては噂話で大騒ぎだった。
「火事が起きたって……」
「三人だか四人組の……」
大聖堂の外壁の外の東側にある食堂で注文を待っていた参拝客は、避難してしまった。これ以上調理を続ける必要がなくなり、逃げるにも参拝客の後だと言われた料理人たちは他にやることがなかったのも事実だ。
噂の内容を聞いて浩宇は、青くなった。
(見つかっちゃったんだ……)
地下墓所に行くのを後押しするようなことを、自分が言ったからかもしれない。立入禁止区域以外を見て回っている分には彼らには眼鏡があるのだから、無駄な騒ぎを起こさないで済んだはずだ。
「あ、どこ行くんだよ浩宇ー!」
同僚が呼び止めるのを無視し、作りかけの料理を置いて浩宇は厨房を飛び出した。ぽてぽてと重たい体を揺らし、東の回廊を目指す。
次々と現れる騎士団員を教主を盾にし時に脅し時に気絶させながら、サラたちは東の尖塔へと向かった。騎士団員が黄瞳族ばかりなのが幸いしたようだった。普段見慣れていないであろう紫瞳族の寧々の攻撃が面白い程刺さる。今のところはどうにか対処できていた。
「サラ、教主に聞きたいことがある。銃を抜いてくれ」
サラは頷き、口の代わりに彼の背中に銃口を押しつけた。
「あなた方、こんなことをしてただで済むと……」
話せるようになった沐辰は一行に鋭い視線を向ける。言い終わる前にスヴェンが口を挟んだ。
「地下墓所にあるものを知っているのか?」
「え……? もちろんです。あそこは歴代の教主様方のお墓です。ご遺体が眠っております」
「それ以外は?」
問い詰めるスヴェンに沐辰は不思議そうな顔をした。彼が嘘をついているようには、サラには見えなかった。スヴェンはさらに尋ねる。
「『真実をその手に。そして、今度こそ道を違わぬように。混ざり合った世界へ』この言葉の意味は?」
「墓所にあるのを見たのですね? それは『混ざり合った世界』、つまり他種族の交わりのある世にならぬよう『真実』つまり信仰心を持ち正しく生きよ、という戒めの言葉です」
自分を人質に取る相手に律儀に説くこの教主が、最初の印象よりサラには大きく見えた。しかし、彼の言っていることはサラの知っている内容とは違う。口を開こうとしたその時だ。
「そこまでです、あなたたち」
突如眼前に現れた男。サラたちは東の尖塔に登る階段への隠し扉のすぐそばまで来ていた。あと少しでたどり着けたのに……とサラは相手を睨んだ。
「仔空様!」
と突然抵抗が激しくなった教主の背にサラはより強く銃を押し付けた。教主は大人しくなったが、もう恐怖の色は完全に目から消えていた。五人ほど騎士団員を連れている仔空と呼ばれた男。包帯で左目が隠れている。槍を持っていないし、鎧も着ていない。他の騎士団員とは様子が違う。しかし、教主の絶対の信頼を得ているようだった。
「邪魔しないでよ」
寧々が素早く人形を操り、次々と騎士団員を倒していく。仔空と呼ばれた男だけが攻撃をよけ、持っていたステッキから剣を取り出した。
「傀儡ですか」
次の瞬間、目に見えぬ速さで寧々の人形を粉々に切り刻んだ。
「くっ……」
寧々はぐっと歯を食いしばり、すべての破片に糸をつけ回収した。
「あの人、傀儡ってわかってて糸じゃなくて人形を狙った。この術を知ってるんだ」
「何者だ、てめぇ」
サラはもう一丁の銃を抜き、素早く親指でハンマーを上げた。銃口を仔空へと定める。
「あなた方こそ、何者ですか。黄瞳族なのに紫瞳族の術を使ったり、碧瞳族の銃を扱ったりしている。もしかして、その眼鏡に秘密があるのでしょうか」
するどい。それに、なんて冷たい目をする男なんだろう、とサラは背中に汗がつうっと流れるのを感じた。相手は銃口を向けられているのに動揺しない。
「答えてください。そして、沐辰を返してください。大事な人なのです」
仔空は右手に剣を持ち、左手に雷を纏う。サラたちから目を離さずゆっくりと近づいてくる。雷を扱える黄瞳族にリアムの水の魔法はおそらく相性が悪い。戦うならスヴェンだ。しかし、炎を放っては本当に火事になってしまうかもしれない。それを望んでいないから、スヴェンはきっとまだ相手を攻撃しないのだ。
サラは辺りに目を走らせた。廊下には装飾のごてごてとついた額縁と共に飾られている絵、窓、あとは大聖堂あるいは外へとつながるドアがあるだけだった。
「時間の無駄です。さあ」
仔空の表情に揺らぎはない。銃を握るサラの手に力が入る。




