第60話 文言
教主のお祈りの時間はおよそ一時間ほどで、その後は騎士団員は聖地の建物全体へ戻っていくと浩宇は言っていた。
サラたちは、浩宇がわかる範囲で警備の聖騎士団員たちが立つ位置を教えてもらっていた。
「今のうちに地下墓所へ行くんですよね?」
リアムが計画を確認する。何かを隠しているとしたらそこが怪しい、とこれはアベルたちが食料買い出しがてら得た数少ない情報だった。浩宇は「確かに……怖くて誰も近付かないからね……」と眉毛をハの字にして付け足した。
スヴェンが浩宇の手描きの地図を広げた。聖地の島の門を入るとまず中庭が広がっている。石畳の広場になっており中央には噴水がある。そこを通り過ぎると巨大な扉があり、その上には小振りなバルコニーがついている。行事の際には教主がそこから演説をした。
巨大な扉は大聖堂の入口である。その中には聖人の石像がいくつも並んでおり、それぞれ礼拝堂の方へ目や体をむけている。礼拝堂はそんな聖人たちに導かれるようにして大聖堂を進んだ奥にあり、そこには参拝者用の長椅子が並んでいる。最奥の祭壇には月の女神の石像が佇む。礼拝堂の天井は丸くドーム型で、明り採りの窓がぐるりと取り付けられている。
礼拝堂に進んで行くまでにあるいくつもの石像の間に所々か隠し扉がある。それらは騎士団員や清掃員等が出入りする用だった。しかし、その中の一つ、聖ハドリアートンの石像近くの扉だけは違った。古く分厚い木の扉。石像の陰で見つけ辛いが、それは地下墓所へと続く扉だった。
その墓所には歴代の教主が眠っている。普段は誰も立入ることはできない。しかし、教主の交代が行われる時、つまり現教主が亡くなった時のみごく一部の教会関係者が入っていった。それと、もちろん教主の遺体も。
「墓荒らしする羽目になるとは思ってなかったぜ」
長い廊下を音をできるだけ立てないように早足で移動しながら、サラはやれやれと首を振った。
「ちょっと、ゾッとしないよね」
そう言う寧々はにこにこ笑顔を浮かべており、サラは半ば呆れ半ば感心した。
「近くに人の気配はないな」
先頭を歩いていたスヴェンが左手に見つけた扉の前に立ち止まり、鼻をスンスンと軽く動かした。どうやらこれが大聖堂内部へと続く扉のようだ。ここから入り大聖堂内を突っ切って反対側にある墓所への入口に行かなくてはいけない。第一関門だ。サラはそっと腰のホルスターの拳銃に触れた。
静かに扉を開けたスヴェンは、サラたちに「大丈夫だ」と目配せし、するりと大聖堂へ侵入した。
扉を出て右手の奥が礼拝堂になる。騎士団員がずらりと並び、何重もの壁を作っている。距離は充分離れている。石像の影からゆっくりと出れば、サラたちを不審なものとは思わないだろう。まばらにいる他の参拝客に紛れられる。
本来であれば今サラたちが出てきた扉の前にも騎士団員がいるはずだったのだが、礼拝堂の方に移動してしまっている。
サラたちは何気なく石像を眺めるふりをしつつ反対側の壁へと移動し、目的の扉の前に来た。
「やはり、鍵がかかっている」
そっとノブを引いてみたスヴェンがぼそりと呟いた。サラはかがんで鍵穴を覗いた。さりげなくリアムと寧々が並んで立ち、サラを隠した。
「これならいける」
サラはアベルから借りてきた工具を鍵穴に差し込み、動かした。
カチッ
「さすが元泥棒」
「なんなら今は空賊だけどな。より悪い」
と視線を向けるサラに「そうだな」とスヴェンはフッと笑みを返した。
四人はできる限り細く扉を開け影のように滑らかに中へ入り込んだ。天窓やステンドグラスを通して入る柔らかな光で明るかった大聖堂とは対照的に、地下墓所へと続く空間は真っ暗だった。
スヴェンがボッと掌に炎を灯す。ぼんやりと周りの様子が見えた。今サラたちが立っているのは二メートル四方程度の部屋で奥に下り階段が続いている。棺を運び込む都合もあるのか階段の幅は部屋とほとんど同じで、四人が並んで歩けるほど広い。
壁に立てかけられていた松明を寧々が見つけ、スヴェンに手渡した。スヴェンの掌から松明に炎が移され、明かりがフワッと広範囲に広がった。
「なんでしょう、これ?」
リアムが階段横の壁を指さした。石板のようなものが埋め込まれている。そこに飾り文字で二、三行何か書かれているが、現代の言葉とは異なるようだった。
「『真実をその手に。そして、今度こそ道を違わぬように。混ざり合った世界へ』……」
驚いた目で仲間から見つめられ、サラははっと口を覆った。
「そう書いてあるのか?」
サラは口元の手を下げて、スヴェンに頷いた。
「同じものを、前に見たことがあるんだ。でも、いつだったか、どこで見たかは忘れちまった」
後半は嘘だ。よく覚えている。兄と一緒に見たのだ。そして、兄と一緒に教わったのだ。いつも好奇心に碧い瞳を輝かせている、くせっ毛の黒髪の男から。
「この先にはやはり何かが隠されているんでしょうか」
「『混ざり合った世界』ってなんのことなんだろうね」
疑問を投げかけるリアムと寧々に、サラはただ首を振った。スヴェンを先頭に、一行は慎重に階段を下って行った。死者の眠る、深い、深い闇へと。




