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ランタナ・パーティ  作者: 鈴木まる
第10章 料理人と伝説
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第48話 閉ざされた門

 柔らかな午後の光がステンドグラスを通り抜け、鮮やかに色付き降り注ぐ。大聖堂の最奥にある礼拝堂は、祈りの時間が終わった後でがらんとしていた。


 一般参拝者を遮る柵のある礼拝堂入口近くには、信者が火を灯した何百もの蝋燭が備え付けの台の上に並ぶ。ゆらゆらと炎を揺らし神への祈りを語っていた。


 千人ほどは収容できるその大きな部屋の左右の壁には、聖典に記載のある聖人や有名な殉職者の絵画が並ぶ。


 部屋の奥の祭壇には、慈悲の笑みを浮かべた月の女神が佇む。身に纏うたゆたうローブは、とても石でできているとは思えない。その温かみあふれる偶像の足元にひれ伏す真っ青な司祭服の人物に、語汐ユーシーは静々と近付いた。


沐辰ムーチェン様、そろそろお時間です」


沐辰はゆっくりと起き上がる。立ち上がっても目線は女神の笑顔へ向けられていた。彼の一つ一つの動作に、語汐は神聖さを感じずにはいられない。やはり教主に相応しい御方だ、と密やかに感嘆の息をもらす。




 少しの時間西陽に当たるだけで汗ばむ。春はとっくに通り過ぎ、季節は夏に片足を突っ込んでいた。


「お前らは行ったことあんのかよ、聖地?」


その日は料理や掃除担当になっていないという理由で、案内係を命じられたサラは新しく入った仲間に尋ねた。側転やバク転をしながら甲板の広さを堪能していた都紀とき柘紀つきは、動きを止め船縁にもたれるサラに視線を向ける。


「ないよ。聖地だなんて、アホらしい」 

「そのグスト島に行くためじゃなきゃ、絶対行かないね」


言葉に遠慮がない。そもそも空賊をやっている時点で信仰心も何もあったものではないが、サラでさえ青天教を悪く言うのには抵抗があった。このロドフェイトでは絶対的な力を持っており、誰もがその掟に従っていた。


「僕たちの島の大人たちはそれはもう、心底信じてたけどね」

「月神様と太陽神様に毎日決まった時間に、礼拝。何があっても、どこにいても、礼拝」


都紀が大真面目な顔で胸の前で手を合わせ、深々とお辞儀した。神への祈りを捧げる動作だ。顔を上げた都紀は眉間にシワを寄せ厳しい表情を作り「おお、神よ〜」といやに抑揚をつけて言う。それを見て柘紀はケタケタと笑った。サラも思わず吹き出した。


 礼拝の習慣がある地域にサラは行ったことがなかったが、信仰の度合いに地域差があることは知っていた。サラがスヴェンたちと出会ったベルドは、定時礼拝どころか教会に行く人もほとんどいなかった。


「神様中心なのが僕たち嫌になっちゃって」

「あんな生活捨てようと決意したんだ」


二人の顔に暗い影がほんの一瞬差す。深くは聞くまい、とサラは「ふうん」とだけ頷いた。


 双子はサラの両隣に同じようにもたれかかり、それぞれ手首に巻いた山吹色のバンダナを見つめた。


「この布、幸せの黄色いハンカチじゃなかったのは残念だけど、すごく便利だよね」

「船には乗ってない仲間がつくったんだっけ?」


サラは頷き、ソエジュ島に住む研究者のジェイのことを簡単に説明した。スヴェンに似た雰囲気を持った、銀髪片眼鏡の落ち着いた物腰の男。


「お前ら無系統の術使いなんだろ。同じようなこと自分たちでもできそうだけどな」


サラの言葉に都紀と柘紀は二人して腕を組み、首を傾げ視線を斜め上に向ける。数秒後、全く同じタイミングで船縁から離れサラの前に向かい合うようにして立ち、ちっちっちっと指を振る。


「離れた人に何かを伝えるのは、そんな簡単じゃないんだよ」

「できなくはないけど、かなり制限があるんだ」


二人は胸にぶら下げている小瓶を取り出しサラに見せた。瓶の中には茶色い糸のようなものが数本入っている。


「……髪の毛?」


顔を近づけ軽く首を傾げるサラに、双子は大きく頷いて見せる。


「相手の体の一部があれば、離れていても言葉を伝えられる術があるんだ」

「でも、距離とかその日の自分の体調とかに左右されるし、伝えられる内容は二言三言だね。あと、真実しか伝えられない」


さらに、血縁関係にあるもの同士なら成功率は高いが、一度術を使うと媒介にする体の一部は消えてしまうからそう何度もできるものではない、と二人は説明した。


 そう考えると、ジェイはかなり高度な技術持っているのではないか……サラは首元の自身のバンダナに触れた。言葉を伝えることはできないものの種族や距離に関係なく身の危険を知らせることができ、魔法があれば位置も割り出せるのだから。同じ碧瞳へきとう族とは思えないな……とサラは改めて感心してしまった。




 アカツキ島の大聖堂は、望遠鏡を使わなくともそれとわかるほど大きく存在感があった。尖塔が空を突き刺すように四つ角に伸びている。それらをつなぐように塀がどっしりとそそり立つ。


「あれが礼拝堂かな。おまんじゅうみたい」


建物の中央に大きなドーム型の白い屋根があるのを見て、寧々《ねね》が呟いた。寧々の言葉にうんうんと双子たちが頷く。


 一行は島の周りをぐるりと巡り船をとめられそうな場所を探した。しかし……


「サンテミラ島以上かもね」


アベルが肩をすくめた。船を停める場所などまるでなく、遠くから望遠鏡で確認したところ正規の停泊所の警備は非常に厳重だった。


 アベルの言う通り、サンテミラ島の瞳色チェックの検問所の倍以上の係員や警備員らしき者がいる。検問所の奥には高さ三十メートルはゆうにある巨大な門が横並びに五つ立っていた。瞳の色をチェックしてもらい許可が下りたものが、一つだけ大きく開いている中央の門を粛々と通っていく。


 停泊所の先端には、大きな看板が建てられており「黄瞳おうとう族以外の巡礼者の入島を禁ずる。周辺の島で祈りをささげよ」と目立つように黒地に黄色で書かれていた。


「おかしいですね……ここはどの種族でも立ち入れる数少ない島のうちの一つのはずです。僕が聞いた話では、時間で入れる種族が変わるとか。信仰のもとすべてを受け入れるということでした」


リアムが眉をひそめた。サラもそのような話は聞いたことがあったし、何より元王子の情報は信憑性が高い。もしかしたらこの島では、サラたちの知らない変化が最近起きたのかもしれない。


「仕方ない。一旦近くの島へ寄ろう。情報収集だ」


自分たちには閉ざされている聖地の門を、スヴェンは鋭い眼差しで一瞥した。


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