第45話 濁流
アベルが坑道に爆弾を設置する少し前――
鉱山の外、ぬるい風が強くなってきた観覧席。
地図上の仲間たちを示す点はしっかりと輝き、彼らが戦闘不能でないことを表している。それでも、熱を持ったままのバンダナをサラは握り続ける。
「そんなに心配しなくても、大丈夫。あなたが疲れちゃうわよ」
サラの腕の中の弾けとうもろこしを頬張り続けるマイリ。あとで代金を請求しようとサラは心に決め、言い返す。
「行動不能じゃないだけで、怪我してるかもしれないだろ」
マイリが弾けとうもろこしを飲み込む前に、上空からのアナウンスが響き渡る。
「さぁ、ここで観覧席のみなさんにだけ、コインの在りかをお見せしましょう! 持ち主はより明るく大きく、地図上で輝きます!」
地図に注目が集まる。「都紀」と示される点が他の点より目立って明るく光り出した。観覧席に広がるどよめき。
「おい、見ろ」
スヴェンが地図を指差す。輝く点にリアムたちが近づいて行く。
「偶然か? それとも、もしかしてバンダナ泥棒がコインを持ってんのか?」
サラは固唾を飲んで見守る。コインの持ち主とリアムたちは並走しているようだった。途中、別のチームの点が近付いたが、すぐ遠ざかった。サラは詰めていた息を吐く。こんなに気にかかるのなら、自分が参加すれば良かったと後悔した。
「昨日作った偽コインを使って追い払ったか……? サラの言うようにコインとバンダナが同じ人物の元にあるといいが」
そう言ってサラの弾けとうもろこしを一掴みするスヴェン。こいつからも代金を請求しよう、と決めてサラはまた地図へ目を戻した。
時は戻って鉱山内。
爆発によりまたしても雷鳴のような音が轟き、激しい揺れが続いた。思わず足を止めた都紀たちの後方で坑道が崩れた。これで筋骨隆々の男たちはこちらに戻ってくることはできない。
「アベルさん、寧々《ねね》さん、良い演技でしたね!」
「リアムも、本物の役者みたいだったよ!」
「アベルくんのコインもいい出来だったね。完全に騙されてたよ、あの人たち!」
喜び手を叩きあう三人。ゴーレムの爆破といいスマートな作戦といい、この人たちはただ者ではない……と双子は目を丸くした。
しかも、まだゲームの途中だというのに優勝したかのような喜びようだ。「仲良しか!」と思わず突っ込みたくなった都紀だが、柘紀の視線に気付き気を取り直した。そうだ、逃げなければ……柘紀に頷いて見せる。二人が気配を消す術をかけようとした時だった。
「その袋の中なんだね、コイン」
赤髪のアベルという男に指をさされ、都紀は思わず手で袋を押さえ半歩下がった。
「さっきも言ったけど、そのバンダナと一緒にこっちにくれないかな。そっちの子は怪我してるでしょ? 戦わない方がいいと思うよ」
いつの間にか後ろに回った寧々と言われていた女に指摘され、二人は体を固くする。
「あなた方、それを『幸せの黄色いハンカチ』だと勘違いしてませんか? それは……」
はっとして後ろを振り向くリアムと呼ばれていた男。双子も違和感を捉える。微かに聞こえる濁った音。そして足から伝わる振動。全員が同じ方向を見る。
「何か、来る?」
アベルがごくりと唾を飲み込む。爆発とは違う、徐々に大きくなる音と揺れ。リアムはサーベルで地面に陣を描きその中心に立つ。
「みなさん、僕のすぐそばに! 急いで!」
すぐさまリアムの横に立つアベルと寧々。双子は今なら逃げられるか、と顔を見合わせる。
「あなた方も!」
都紀と柘紀にもリアムは声をかける。怒鳴らなくては言葉が届かない程、音は大きくなっていた。罠だろうか、いや、そうは見えない……逡巡する双子。次の瞬間、リアムたちの向こう側、坑道を塞いでいた瓦礫が吹き飛んだ。
「濁流!?」
「飲まれる!」
ごうごうと内臓を揺らすような勢いで、瓦礫を飲み込んだ流れは迫って来ていた。双子は土を蹴飛ばし、リアムの陣の中へ入る。それを確認したリアムは詠唱する。水の壁が周りを取り囲む。五人がやっと入れるほどの大きさの水の部屋が作られていく。
水の勢いは先ほどのゴーレムの比ではない。魔法の部屋が完成した直後、濁流がその壁へと激しく衝突する。部屋は壊れなかった。しかし、その場にとどまることもできなかった。押し流され、さながらサイコロのように転がる。中にいる都紀たちは上下左右へ激しく揺さぶられた。
中にいる誰にも、前も後ろも、上も下もわからない。




