第37話 参加者
アベルの手のぬくもりが背中に残る。それに押されるように、サラは立ち上がった。
銃の手入れをしよう、と船室の方へ一歩踏み出したその時。足元に小さな影が見えた。目を上にやると、白い鳩がパタパタと羽ばたいていた。
「郵便鳥?」
サラの視線に気付いたのか、鳩は咥えていた手紙をサラの目の前に落とした。そしてサラの頭の上にとまり羽を休めた。ノーチェスより軽く、鉤爪も鋭くない。ほんのり温かな感触は同じだ。一分も経たないうちに、郵便鳥はどこかへ飛び立ってしまった。
サラは恐る恐る手紙を拾った。宛名に「旅の御一行様へ」と書いてあるだけで、他には何もない。封筒は真っ白でなんの柄もなかったが、しっかりとした高級そうな紙だった。サラは封を開けず、食堂へ持っていった。
「呪いの類は感じられませんね」
リアムが封筒をあらゆる角度から見て首を振った。急遽集まった全員が見守る中で、リアムは封を切った。そして便箋に書かれている内容を声に出して読んだ。
「旅の御一行様へのご招待。この招待状はタソガレ島周辺にいらっしゃる旅の方にお渡ししております。来たる日曜日、タソガレ島で宝探しゲームを行います。今回の賞品は幻の島、グスト島への地図です!この地図がないとグスト島へ至ることはできません。奮ってご参加ください。宝探し運営委員会より」
リアムが読み上げた便箋と共に、申込書が一枚入っていた。参加者の名前を記入することになっている。三人一組が参加できるようだ。
「うわぁ、宝探しなんて楽しそうだね!」
「いや、怪しいだろ。明らかに」
はしゃぐアベルにサラは秒速で突っ込んだ。
「そう言えば、タソガレ島って……無法地帯って聞いたことがある」
「無法地帯なら眼鏡かけなくていいわね!」
「そこも喜ぶところじゃ……ってお前、いつから!?」
憂うべきことに喜ぶマイリにサラは言いたいことがまだあったが、それよりなにより驚くべき存在がそこにはあった。
「寧々《ねね》!?」
寧々は当然のように一緒に手紙の内容を吟味していたが、サラの上擦った声におずおずと身を小さくする。
「あ、ごめんなさい……。実はあなたたちが心配になって、こっそり船に忍び込んでいたの」
気配を消していた寧々は出るタイミングを見失っていたらしい。
「やっぱり空軍じゃなかったのね、あなたたち。あの、だから嫌だってことじゃなくて……むしろ空軍でもないのに助けてくれてありがとう」
サラたちがあまりに驚いているので、少し慌てた様子で寧々は頭をさげた。ささっと素早くリアムが近づいて、笑顔を向けた。
「いえ、先に助けていただいたのは僕たちなので。それより、寧々さん、ツキヨ島から大分離れてしまいました。この辺りの島で降りていただいて、ご自身で戻ることは可能ですか」
「そうだな、ここから近い島は……」
スヴェンは地図を広げようとしたが、寧々がそれを制止した。
「あの……良かったら私を仲間に入れてもらいたいの。それも、ここに忍び込んでた理由で……あなたたち、空賊でしょ? 私は気象予報が得意だからお役に立てると思う」
唐突な寧々の提案にサラたちは目を丸くした。
「嬉しいけど、本当にいいの?」
マイリがみんなを代表する疑問を寧々に投げかけた。寧々は足元からぱんぱんに膨らんだ風呂敷包みを取り出す。
「うん! 実はね、元々旅に出ようとは思ってたの。麗華たちのせいで実行に移せてなかっただけで……」
包をぎゅっと抱きしめ寧々は続ける。彼女の家がやけに質素だった理由がサラはわかった気がした。
「私、本で世界の様々な異常気象を読んだことがあって、それを実際に目で見たり肌で感じたりしてみたいとずっと思っていたの!」
島での生活を投げうってでも見たい景色が彼女にはある……夢を語る寧々の笑顔が、サラには美しく思えた。
「空賊になるということは、犯罪者になるということですよ。大丈夫ですか」
確かに元王子が言うのも不思議だが、その疑問は最もだ、とサラは寧々を見やる。旅をしたいだけなら、わざわざ空賊にならなくても良い。
「私の両親は、旅商人だったの。悪天候で難破して、もう死んでしまったけれど」
寧々はほんの一瞬目を伏せる。嵐の日、必死に声をかけてくれた寧々の姿をサラは思い出した。
ぽつりぽつりと寧々は語る。両親の土産話、そこに出てきた空賊は悪人ばかりではなかったこと、他種族交流禁止の掟の方がおかしいとさえ思えること……
「……麗華を追い出すために一緒に行動してて、この人たちと旅をできたら楽しそうだなって思って。それに、私が見たい気象現象は他種族の島にも行かないと、見られないの」
寧々の紫の瞳は期待に輝く。とっくに、覚悟は決まっているようだった。
「俺、まだ仲間になったばっかりだけど、楽しいよ!」
アベルがにっこり微笑んだ。アベルが笑うと、周りの空気の暖かみが増すような気がサラはした。寧々は笑みを返し、また一礼する。
「寧々、歓迎する」
スヴェンはいつもと変わらない淡々とした口調で受け入れる。一行に気象予報士の仲間が増えた。
話題は手紙の内容へと戻っていった。スヴェンが封筒と便箋を手に取りまじまじと見つめた。きれいに剥がされた封蝋を指でなぞった。
「この紋章、サフィール空賊団の物じゃないか?」
「サフィール?」
寧々が首を傾げる。アベルも「それ、誰?」と不思議そうな顔をした。サラは記憶をたどり口を開く。
「サフィールは、かなり大きな空賊団だ。空賊向けに、カジノやらゲームショーやらを開いているって聞いたことがある」
サフィールという名は、父の話に何度か登場したことがあった。一緒に話を聞いた兄の顔がふっと浮かんだ。サラは誰にも気づかれないよう自分の手の甲をつねり、思考を今の話題に引き戻した。
「変わったことをする空賊もいるんですね」
リアムは素直に感心している。
アカツキ島への進路上にタソガレ島はある。一行は行ってみて参加するかどうかは決めようと結論付けた。次は参加する場合のメンバーをどうするかだった。三人一組。
アベルとリアムは「参加したい」と名乗り出た。あと一人の枠はリアムが女性をぜひ、と熱心に言い張った。
「どうせなら、種族の違う者同士の方が協力しやすいんじゃないか」
「どうですか、寧々さん、ぜひ!」
スヴェンの言葉を聞いて、即座にリアムが寧々にキラキラとしたナイススマイルを向ける。
「私……?」
寧々が躊躇うのも無理はない、とサラは思った。つい先程までかたぎだった人間が、空賊主催のゲームに参加だなんて普通は恐ろしくてできない。自分が出るとサラが言おうとしたところで寧々が遠慮がちに口を開いた。
「いいの? こんな楽しそうなのに、貴重な枠をもらっちゃって……」
え、そっち? とサラは脱力してしまった。
「いいんじゃない? サラはそんなに乗り気じゃないし……危険があったらリアムがちゃんと守るでしょ」
「俺もちゃんと守るよ!」
マイリの言葉ににこやかに付け足すアベル。サラは段々心配しているのが阿呆らしくなってきた。
メンバーが決定したので、紙にさらさらとリアムが三人分の名前を書いた。さすが元王子、達筆だ。この様子では、タソガレ島の雰囲気がよっぽど険悪でない限りゲームには参加することになりそうだった。サラは片手を頭に当て軽くため息をついた。




