第34話 巡回船
一体誰が危機に陥っているのか――湯船から立ち上る湯気で湿る髪が、ルイにはひどく煩わしかった。ロープでがんじがらめにした麗華を雑に床に転がし、マイリが魔法で仲間たちの位置を割り出した。
「甲板に二人、こことは別の船内に二人ね。ということは、ペア同士ははぐれてはいないみたい」
ルイとマイリは麗華を引きずるようにして、甲板へ向かった。本当はすぐに身軽に駆け出したかった。しかし、麗華を置いていってロープを切られ龍に変化されてはひとたまりもない。
二人は甲板に出てすぐ、血だらけのスヴェンを見つけた。
「ああもう、いつでもすぐ治せるわけじゃないのよ! 怪我をしないような立ち回りをしなさいよ!」
怪我をして倒れているスヴェンの頭をマイリは容赦なくぴしゃりと叩いた。「すまない」と蚊の鳴くような声でスヴェンが言った。マイリの魔法で傷を治してもらったスヴェンはよろよろと立ち上がった。
「南! だらしないわね。あなたが紫瞳族の術で捕らえられるなんて!」
「申し訳ございませぬ……」
木が絡まって動けなくなっている男を麗華が叱責した。南と呼ばれた男は心の底から申し訳なさそうな顔をしているが、全く身動きが取れないようだった。
紫瞳族の仕業だとしたら、いったい誰がこの男を捕らえてくれたのだろうかとルイは不思議に思った。まだ顔色の優れないスヴェンに尋ねようとしたところで、リアムとアベルが子ども二人を連れてやってきた。
「マイリさん、もう治してくれたんですね」
「このバンダナすごいね。本当に熱くなったりもとに戻ったりするんだ」
全員揃ったので、ルイたちはお互いの状況を確認しあった。二人の子どもを島民に預けて、あとのことは任せようと決めたところでルイは北の空にそれを見つけた。
「おい、あれって……」
「ん……白い船?」
アベルがのんきに言う。その通りだったが、白い船が意味することをアベルはわかっていない。
「空軍か……!」
スヴェンが歯を食いしばる。出血により青白くなった彼の顔。その中で、紅い目だけは獣のようにギラギラと暗く光っていた。見たことのない形相に、ルイはすっと体の芯が冷える思いがした。
「南、番号は?」
「7239……管轄外からきた巡回船でござる……」
南が絶望的な声で船体に書かれた番号を麗華に告げた。不機嫌そうな麗華の顔はますます歪んだ。
白い船はぐんぐん近づいてくる。ルイたちは作戦を変更した。麗華たちをそのままにして島民には何も告げず、自分たちの船に乗りすぐに離脱。今空軍とやりあっても良いことはない。
真っ白な船の上で真っ白な制服を着た男が、望遠鏡を覗き込む。
「ルイ、空賊か?」
紫苑の問いかけに望遠鏡から目を離しルイは頷いた。島の城の上に停泊する船に掲げられている旗に、カラスが描かれているのを彼は確認したのだ。空賊の証である。見たことのあるデザインだ。
「リストに載ってますね。『麗しの空賊団』、危険度Cです」
「よし、全員戦闘準備!」
紫苑の掛け声でルイは小銃を取り出した。
「え~私もですかぁ? そもそも、ここって私たちの管轄じゃないですよね?」
締まらない声を出したのはケイリーである。ケイリーの言う通り、ここは管轄外だ。ルイたちの巡回船がこの島に派遣されたのは、ウーペイ島での掃討作戦後に「緊急 ツキヨ島へ向かえ 担当巡回船に不審な動きあり 工作の疑いあり 捜査を命ず」と上官から任命されたからだった。
「あら、楽しいじゃない。あんな堂々と空賊船があるってことは、ここの担当の空軍も討伐対象。白い服に赤い血は映えるのよね」
「ビアンカ、ほどほどにしろよ……。まあ、なんにせよ隊長殿が準備と言えば準備だよ。従おうぜ、ケイリーちゃん」
伸びをしながら矛を取り出す洋を睨むケイリー。
「『ちゃん』付けはさすがに引きます」
ケイリーの冷ややかな言葉に、洋はだらりと項垂れる。
曲者ぞろいのメンバー。いつものことながら呆れているのか、紫苑はため息をつきつつ腰の小ぶりな刀二本を抜いた。徐々に近づいていく中で、ルイは空賊船が後ろにもう一隻あるのに気が付いた。
「隊長、どうします?」
「一気に二つの船団を相手は得策ではないが……ん、離脱か?」
紫苑たち空軍の船とは反対の方向に、後ろ側に着けていた船は進んで行く。
「洋、ルイを乗せて離れていく船の様子を見てこい。可能であれば制圧だ」
「はいよ~」
「了」
バチバチ、もくもく、と小さな雷雲を纏って洋が龍に変化した。黄金色のうろこに覆われた体長十メートル程のその生き物は、いつ見ても美しいとルイは思う。首のあたりにまたがり、角をしっかりと握った。
「洋さん、お願いします!」
ルイの掛け声で龍はふわりと宙に浮いた。鳥と同じようにずっと飛び続けることはできないらしい。羽や翼はないのに浮くことができるのが不思議だ。細長い体をうねうねとくねらせて龍は泳ぐように空を進んで行く。




