第33話 一人の時間
時は少し戻り、リアムとアベルが戦い始めた頃――
斜陽石とともに倉庫に閉じ込められたルイとマイリ。二人で鉄の扉に何度か体当たりしてみたものの、びくともしない。逆にこちらの肩が壊れてしまいそうだ。息を切らしながらマイリが提案した。
「これ、あなたの銃で撃ったらどう?」
「この扉は鉄だろ。破壊するどころか、弾が跳ね返って危ねぇよ」
ルイは首を振った。
「お前の魔法は? 風系統のこう、ダメージを与えるような奴も使えるんだろ?」
マイリはうーんと腕を組んだ。
「ダメージって言っても大したことないのよ。……まあでも、ちょっと、やってみるわ」
マイリが床に針を刺し、陣を描いて呪文を唱えた。ビュウッと音がして部屋の空気が動いたのをルイは感じた。
が、それだけだった。鉄の扉は沈黙してそこに立っている。マイリが今度は先ほどより多めに針を刺した。より複雑な陣を描き高度な魔法を使うようだ。ルイは祈るような気持ちで成り行きを見守った。空気の動く感覚と風が唸り声。
「……だめか」
ルイは触って確かめてみたが、何も変わっていなかった。鉄の扉は表情を変えない。マイリはまた腕組みをした。
「うーん……風のグラノはまあまああるんだけどね。せめて木製だったら少しは効いたかもねぇ」
「オレの銃だってそうだよ。木だったら……」
そこでルイは何で今まで気づかなかったのだろうかと自分の頬を叩いた。
「壁をぶち抜こう」
「あ、そっか。扉は鉄製だけど、壁は木だもんね。ルイ、賢い!」
マイリは手を叩いて喜んだ。今まで気付かなかった自分も自分だが、このトラップを考えた奴は抜けていないかとルイは思った。
ルイは十二発の弾丸で、人が通れる程度の大きさの円を扉の横の壁に描いた。さすがに貫通はしていないようだったが、もろくはなっている。そこに先ほどの風の魔法をマイリが当てた。
「もう少しかしら」
壁はみしみしと悲鳴を上げていたが、まだ壊せない。ルイは先ほど撃った十二か所と全く同じところにもう一度弾丸を撃ち込んだ。「ほんと、あなたとんでもない腕前よね」と呟いてからマイリが突風を放った。
乾いた音を響かせ、円形に縁どられた壁は反対側へと倒れた。
「っし!」
「やったわ!」
手を叩き合い、見事に開いた壁の穴から二人は脱出した。その前に、ルイはジーンズのポケットにも斜陽石を詰めこんだ。
宝物庫を脱出したルイとマイリは敵に会うことなく、一番下の階層まで来た。そこでルイの耳が違和感を捉える。
「鼻歌……?」
「私じゃないわよ」
マイリは首を傾げる。二人で音のする方へと近づいて行った。
鼻歌は湯気が漏れ出ているドアの向こうから聞こえてきていた。ルイとマイリはそっと近づき武器を用意して頷きあい、勢いよくドアを蹴り開けた。
「南? それともバリー? 勝手に入るなっていつも言っているわよね」
女性の不機嫌な声が飛ぶ。そこは風呂場だった。十人掛けのダイニングテーブルのあるルイたちの船の食堂よりも大きいかもしれない。
湯舟は五人は易々と入れそうなサイズだ。そこに長い金髪が湯に入らないよう頭の高い位置でまとめた、目つきの鋭い女がゆったりと浸かっていた。
女はルイたちを見てすぐにザバッと湯の中から立ち上がった。まつげが長く鼻筋が通っており、スタイルも良い。リアムがこちらに来なくてよかったとルイは思った。人払いの理由は、風呂を一人で満喫するため……?
「あんたたち……島の連中でも空軍でもないわね?」
「動くな。オレたちは斜陽石を独占したいだけだ。今まで集めたものを渡してこの島から出て行ってもらう」
相手は丸腰で銃を突きつけられているのに、まるで何でもないことかのように振舞っている。湯舟から上がり傍の椅子に掛けてあった衣服を身に着け始めた。長いスリットの入った赤いぴったりとした服。黄瞳族のワンピースだ。服を纏っても色気が溢れている。今一度、ルイはリアムがここにいなくて本当に良かったと思った。
「同業者ね……そんなことで、この麗華様の極上湯浴みを邪魔したわけ? 部下たちもできるだけ遠ざけてるっていうのに……。というか、南とバリーは何をやってんのかしら。あとでしっかりお仕置きをしないと」
やはり警備が手薄なのは、この高飛車な女の風呂の時間のためのようだ。二対一な上に武器を構えているこちらが有利なはずなのに、ルイは嫌な圧を感じた。こっちが狩られる側のような気分にさせてくる。
来る! と直感的に感じたルイは発砲した。足と腕を狙った。引き金を引く直前、全身に痺れるような痛みが走った。立っていられずルイは膝をついた。銃弾はかすっていたが、傷は狙いより浅いようだった。痛みで手元が狂った、とルイは舌打ちした。
「ルイ!」
「あいつから目を離すな!」
ルイは心配して助け起こそうとするマイリを制した。次の攻撃がいつ来てもおかしくない。
被弾した箇所を麗華は確認して、顔をしかめた。
「手加減してあげたのに……私の玉のような肌に傷を付けるなんて、あなたいい度胸してるじゃない。もう、許さないわ」
麗華の両目はつり上がる。バチバチと体の周りで小さい雷が落ちている。マイリが部屋に入る前に廊下に描いておいた魔法陣を起動させた。ルイの体の痺れは取れた。
「ちょっと……ここで変化!?」
シューという蒸気が吹き出すような音と共に麗華の周りの小さな雷と雲のようなものが増えていく。変化されたら龍になってしまう。ということはこの部屋はきっとぶち壊されるだろうし、運が悪ければルイたちは圧殺されてしまうだろう。ルイは、スヴェンの言葉を思い出した。
「黄瞳族は、龍の姿になったら全種族の中で最もタフで、攻撃力が高い。弱点は変化に時間がかかること。だから、人の姿の間に倒すのが一番だ。雷も俺たち紅瞳族と一緒で、人の姿のときは、大きなものは扱えない」
正面から撃とうとしても、また雷の攻撃を当てられてしまうだろう。不意をつかなくては。ルイは、麗華から照準を外し銃を床に落とした。
「あら、気がおかしくなったの?」
体の半分以上を雲に覆われた麗華はせせら笑った。
「失敗したら、治療頼んだぜ」
ルイはそう言って、もう片方の腰の銃を素早く取り出し振り返りドアの蝶番を撃った。
金属の蝶番に当たった弾丸は跳ね返り、石の湯舟の角、壁にかかる豪奢な荷物掛け……とルイの思い描いた軌道をたどり麗華の右肩に命中した。
「え、ルイ何今の!?」
痛みに呻いて崩れ落ちる麗華を用意しておいたロープでぐるぐるまきにしながら、興奮した口調でマイリは言った。
「跳弾……弾を跳ね返させて当てるんだ。初めて実戦で使った……」
ルイの心臓は激しく胸を打つ。昔兄と練習した通りに決まって本当に良かった。
「碧瞳族でも、こんなことできる奴……私は一人しか知らない……」
美しい顔を怒りと痛みに歪めながら麗華は言った。
「おい、それは誰……」
問い詰めようとしたルイは言葉を切った。
バンダナが熱い。仲間の誰かが危機に瀕している。




