第32話 魔法と発明品
時は少し戻り、スヴェンが甲板で戦い始めた頃――
黒く広がる爆発の煙で、相手の様子が視認できなくなった。船員たちの寝室なのか、そこはハンモックや雑多な生活用品などが並ぶ船室だった。リアムとアベルは、柱の陰で息をひそめる。
「小型だから、大して威力はないんだけど……」
甲板からの階段を降りてすぐ、十歩ほど先にいた茶髪の男。彼が本を片手に魔法を使うそぶりを見せたので、アベルが極小爆弾を投げつけたのだ。魔法の発動は阻止できたようだが、戦闘不能にまですることができたのかはわからなかった。しかし、初戦闘にしては驚くべき判断力・行動力だ、とリアムは感心してしまった。
「あの本を破壊できていればいいんですが」
アベルは「何で?」とリアムを見る。翠瞳族は魔法を使う際に陣を描いて詠唱する必要がある。よく使う魔法に関しては、陣はいちいち描くと時間と手間がかかるので、大抵の翠瞳族は既に描いたものを持っていることをリアムは説明した。
「僕の水の刃の陣はここに」
リアムはサーベルの鍔に描かれた水の魔法陣を見せた。
「へぇ! じゃ、マイリはいちいち描いてるってことかな? 地面に刺した針で要所を押さえて簡単に」
アベルの理解の速さに驚きつつ、リアムは頷く。アベルの言う通り、マイリの場合は治癒の対象箇所により微妙に魔法陣が変わるため一回一回描いているのだ。
リアムは目線を敵の男のいる辺りへ戻す。
「おそらくあの方は、陣をあの本の中に描いておいているのだと思います。準備した陣がなくなってしまうのは、相当な痛手です」
本に魔法陣を描いてまとめておくのは、戦闘には向かないが一般的な手法だ。アベルはなるほど、と頷いた。
少し煙が落ち着いてきた。相手がしっかりと立っているのがリアムたちには見えた。
「碧瞳族か? 酷いことするな。俺じゃなかったら大怪我してたところだ!」
男はさっと手櫛で髪を整える。慣れた手付きで本を開き何か唱えた。ざらざらと不穏な音が響きだす。柱の陰でリアムはアベルと背中を合わせ、目を凝らしてあたりの様子を伺った。
徐々に集まるあれは……砂?
次の瞬間、室内であるにも関わらず砂嵐が巻き起こった。
どうやら土属性の魔法を使えるようだ。リアムの水の魔法と相性は悪くはないが、防御が得意な者が多い属性だ。仕掛けても決めきれない可能性もある。
砂嵐のせいで視界はまた悪くなってしまった。それに、砂が目に入りそうで瞼を上げることができない。加えて、砂に紛れて尖った石も舞っているようだった。服は破れ腕や顔に鋭い切り傷がみるみる増えていく。
「リアム、一秒でいいからこの砂嵐抑えられない? そしたら、俺あの本どうにかできると思う」
アベルの提案にリアムは「できます!」と頷いた。実際、一秒稼ぐだけならば水系統の自分には難しくない注文だった。それに、アベルが思いついた策をぜひ見てみたい、という思いもあった。
リアムは砂嵐をビシビシと体に受けながら、サーベルで傷を付け素早く床に魔法陣を描いた。
「発動します!」
リアムが呪文を唱えると床のそこかしこから、水柱が上がった。豪勢な噴水のようなその魔法は空中の砂を湿らせた。重くなった砂は舞わずに床に落ち、視界が良好になった。こぶしのように大きな石は宙を飛び回ったままだ。
「行くよ!」
柱の陰から飛び出したアベルの腕や頬に傷が増える。アベルはそんなことに気付いていないかのように、ボールのようなものを敵の男に投げつけた。男は防御しようと呪文を唱えたようだが、リアムの水の魔法が邪魔をしているのか上手く発動できなかった。
ボールは男の顔面に当たりボンッと軽い音を立てて真っ黒な粉のようなものを吹き出した。視界を奪われた男は慌てて顔を拭ったがすぐには取れない。
「なんだよ、これ!」
「俺特製の目潰し玉だよ。大丈夫、何回か洗えば落ちるから」
嵐の日にルイの顔面に当たった物の完成品か、とリアムは口の端をわずかに上げた。男が慌てている内にアベルは本に小型の爆弾を仕掛けて、破壊した。
「お前、本を……!」
目を閉じたままだが、男は衝撃で何をされたのかわかったようだった。
「これで防げませんね!」
リアムは相手が動けなくなる程度に斬撃を与えた。「わぁ、痛そう」アベルがつぶやく。そんなアベルを促して持っていたロープを使い二人で男を室内の柱に縛り付けた。
「死ぬほどの傷は与えていません。ここで大人しくしていてください」
まだ目の開かない相手はリアムとアベルに悪態をついていたが、身動きは取れないようだった。二人は男をそこに残し、奥へと進んだ。
事前の情報通りなら、敵は船長ともう一人の側近。あと二人だ。アベルとリアムは誰にも会わず、驚くほどすんなりと進むことができた。
あの翠瞳族の男が弱かったとは思わないが、不用心すぎやしないかとリアムは首を傾げた。船長はなぜそれほど人払いしたいのだろうか。
船の最下層に、頑丈な錠のかかった部屋があった。明らかに何かを閉じ込めている。
「誰かいるー!?」
「……島の者か!?」
ドアに向かって放たれたアベルの叫び声に、疲れているが期待の混ざった、子どもの声が返ってきた。そんな大きな声を出したら敵に位置がばれるとリアムは慌てたが、誰かが来る気配はなかった。アベルはずっと人質が心配だったのだろう。仕方のない人だとリアムは息をつきつつ微笑んだ。
「うん、まあ、そんなところ。助けに来たんだ。鍵を壊すからドアからできるだけ離れて」
アベルは手際よく爆弾を設置した。
「ドアから離れて、耳塞いでね!」
導火線に火を点け、アベルはリアムを引っ張って少しドアから離れた。雷が落ちたかのような音が響き、直後煙が上がった。よく見ると鍵を壊すどころか扉が傾いていた。扉の端は燃えていた。
「大丈夫ですか」
リアムは魔法で鎮火して部屋を覗き込んだ。部屋の奥で十歳くらいの男の子が、一回り小さい女の子を抱きかかえるようにして縮こまっていた。二人は恐る恐るリアムに視線を向けた。
「僕たちは空軍です。あなたたちを助けに来ました」
リアムが手を差し伸べたところで、バンダナが突然熱くなった。




