第29話 支配
風の勢いは衰えない。小石や枝が当たるのか、時折壁が固い音を鳴らす。寧々《ねね》の思い詰めた様子を見て、スヴェンが口を開いた。
「俺たちはお前のお陰で命拾いした。力になれるかはわからないが、話だけでも聞いていいか」
スヴェンの真剣な表情を見て、少し間をおいて寧々は頷いた。
「斜陽石って知ってる?」
「確か……熱を発する石だよな」
「水に入れるとあっという間に沸騰させるんだよね? 小さくなってっちゃうけど」
ルイとアベルに頷いて見せる寧々。ここツキヨ島は珍しい鉱石、斜陽石が採れることで有名なのだそうだ。動力機構を持った船に推進力を与えることができる真っ赤な鉱石。見た目も美しくコレクションする者もいるとか。
「半年くらい前、その斜陽石を狙って空賊がこの島を襲ってきた。そこからこの島のみんなの生活はがらりと変わった」
その空賊団は、島長の幼い子どもたちを人質に取った。斜陽石一トンと交換だと言った。産地と言えどそんな量がすぐ採れるわけはなく、島民総出で採掘作業が行われた。
「本来の仕事に行けず、ほとんどみんなが採掘作業をしていて……。他の島に助けを呼びに行くにも、船も郵便鳥も抑えられてるし……」
近くを航空しているはずの空軍の巡回船も、なぜか助けに来ない。
「そういうことなら、話は別です。申し訳ありません、先程はあなたみたいな素敵な女性に嘘を付きました」
そう言って、リアムが颯爽と眼鏡を外した。前髪をさらりと指先で流し、微笑を浮かべる。ルイたちが制止する間もなかった。リアムのくっきりとした二重瞼の下に、翠色の瞳が露わになった。その色を見た寧々は、息を呑んだ。
「僕たちは別件で潜入捜査をしている空軍です。助けていただいた恩はもちろん、空賊の件でお困りの島の皆さんを、捨て置くわけにはいきません。なんとかしましょう!」
リアムは、ルイに視線をやった。何かそれらしいことを言うよう求めている目だった。
「その通り。オレたちは変装していたんだ。もっと詳しい話を聞かせてくれ」
リアムの勢いに押されて、一緒になってルイは嘘をついた。ルイは眼鏡をはずし、碧色の瞳を寧々に向けた。寧々は目を丸くしている。
「あれ……でも、制服がないと邪心が芽生えるんじゃ……」
「実は制服ではなくても、このようにマークを身に付ければ短時間は大丈夫なんですよ」
とリアムは空軍とは全く関係のない、シルバーのシグネットリングを寧々に見せた。寧々は不思議そうな顔をしていたが、ルイたちの顔を順に眺めた後深く頷いた。
空賊船の船長室の奥、精巧な細工の施された椅子。そこに座るは船の主。すらりと伸びた足を組み替える度に、軽い衣擦れの音がする。たっぷりとした金色の髪に真っ赤な服。耳や指には装飾品がギラギラと光る。
「バリー、進捗は? そろそろ一トンいくんじゃないかしら」
扇をぱちりとたたみ、睨みつけるような鋭い視線を投げる瞳は黄に怪しく光る。膝を付いたバリーと呼ばれた男は恭しく顔を上げた。
「麗華様、それなんですが……まだ半分ほどのようで……あだっ!」
麗華の投げた扇が見事、バリーの額に命中する。バリー左手側、同じく膝を付く男が顔を上げる。
「こやつではなく、島主の子らをかどわかすことに成功した拙者に任せて……あだっ!」
大きな宝石のついた指輪が男の鼻の頭に命中する。
「南、あなたには何も聞いてないわ。私の采配に口を挟むなんて何様? ……ちょっと、何ぼさっとしているの? 早く私の扇と指輪を取りなさいよ」
二人は床に落ちた彼女の派手な私物をそれぞれ拾い上げ、差し出す。この麗しい船長のいら立ちの理由は明らかだった。想定以上に斜陽石の確保に時間がかかり本来の目的に向かうことができずにいるのだ。
「せっかく空軍船も抱き込んだのに、この体たらく!」
唇の端を曲げ、扇を広げ必要以上に細かく煽ぎ続ける麗華。彼女にばれないよう二人は仲良くため息をつき、半年前のことを思い返す。
イヴァンの鍵を探すにあたり機動力を確保したいというのが彼女の斜陽石を求める理由だった。はっきりとした手がかりのない今、かなり広範囲の空域を飛び回る必要がある。彼女の考えは的を射ていると船員たちもみな納得した。
「それに……」
麗華は妖艶な笑みを甲板に集まる船員たちへ向ける。
「美しい私には美しい斜陽石が似合うでしょう?」
彼女の言葉にその通りだとバリーと南を含め船員たちは激しく頷いたのだった。
嵐が止むまでに、寧々はスヴェンたちに知っている限りのこの島の状況をさらさらと紙に筆を走らせまとめて伝えた。
・空賊はこの島の島長の城の真上に船を浮かべており、その中に人質は捕らえられている。
・空賊の船長は、麗華という黄瞳族の女性。
・その他に、船員には紫瞳族と翠瞳族がおり全員で二十名以上。
「こんな感じかな。ごめんなさい、あまりはっきりしたことはわからなくて……」
寧々はまた畳に額がつくように頭を下げた。ルイたちも「いやいや、そんなそんな……」と頭を下げ返した。
嵐がおさまってきたところで、ルイたちは寧々に作戦を考えると伝えて船に戻ってきた。
船の下にあったはずの地面は崩れてなくなっていた。寧々が教えてくれなかったら、船ごとルイたちは上海を突き抜け下海へ落ちていただろう。今更になって、ルイは全身に鳥肌がたった。
絡まった枝は、できる範囲でアベルが爆破した。あとは手作業で撤去していき、無事原状復帰をすることができた。
船を少し島へ寄せて、崩れる心配のない場所に着陸させ、一行は食堂に集まった。リアムが湯を沸かしてお茶を淹れた。
「お前、あの嘘は唐突過ぎるだろ。しかも自分の王家のリングで誤魔化すって……」
睨みつけるルイに穏やかな笑顔を返すリアム。
「すみません、ルイさんなら上手く話を合わせてくれるかなぁと思って。それに、どちらにせよスヴェンさんは助けるつもりでしたよね?」
「……ああ」
スヴェンの性格を考えれば、この島の状態を知って放っておくわけがない。リアムやアベルの時もそうだったが、スヴェンは何かと人を助ける。元々の性格なのか、生い立ちに関係しているのか……ルイはスヴェンの顔を盗み見たが、いつも通りの鋭い目つきに真っ直ぐに結んだ口。そこからは何も読み取れなかった。
スヴェンは先ほど寧々が書いてくれたメモを懐から取り出し、テーブルの上に広げた。作戦会議開始だ。




