第28話 難破
ルイたちが強烈な味のマイリ特製スープを処理し終わった頃、温かな日の光は分厚い雲に隠れてしまった。つい先程までいい天気だったのに……とルイは空を仰いだ。
ポツッとルイの鼻先に雨粒が弾ける。生ぬるい風がザッと吹き抜けたかと思うと、たらいをひっくり返したかのような大雨が降ってきた。船体を横殴りするような激しさ。慌ててびしょ濡れになりながらルイたちは帆を畳んだ。
大方やることが終わって船室に逃げ込んだ時には、全員ずぶ濡れだった。帆を畳んだにもかかわらず、船体は大きく風に煽られていた。
「これは、厳しいね……。船が持つことを祈るしかないよ。俺が気象予報できれば良かったんだけど」
窓に打ちつける雨を見ながら、アベルが申し訳なさそうに言った。リアムがぽんと肩を叩いた。
「仕方ないですよ。この中の誰も予想できませんでしたし」
「船は持つんじゃねぇか? 進路はめちゃくちゃだろうけど」
ルイは以前もっとひどい嵐に見舞われたことがあった。これだけ立派な船ならば、まず大丈夫だ。また、進路が狂ったところで食料は多めに積んである。多少の長旅は大丈夫だと全員で確認し合った。
しかし、風は想像以上の猛威を振るっていた。吹いているのは東風。流されたとしても島はずっとないから衝突の心配はない……と思っていた一行の考えは、甘かった。
ルイは会議室兼食堂で銃の手入れをしていた。その近くでリアムは読書、アベルは隅の机を作業台にして、何かを作っていた。マイリは医療品の整理整頓のため医務室へ、スヴェンは食糧庫で夕飯のメニューを考えていた。
突然、船全体が激しく揺れた。大きく、固いものにぶつかったかのような振動。箱に入れていたルイの銃の細かいパーツは床へ散らばっていった。椅子から転げ落ちそこに手をつき、痛みで悲鳴を上げるリアム。彼の手から空中へ飛び出す本。それがアベルの脳天を直撃し、アベルは制作中のボールのようなものを手放した。それはルイの顔に当たり、破裂した。炭のような物が飛び出しルイの顔は真っ黒に染まった。
よろよろと食堂に戻ってきたスヴェンは食糧庫内のジャムが飛んできたようで、顔半分が赤くべとべとになっていた。マイリは太めの包帯が絡まったまま動きづらそうにやってきた。
早く船の状態や周囲の様子を確かめに行かなくては、と思っていた一行だがお互いの様子を見て噴き出した。
「スヴェン、お前の顔っ!」
「スヴェンも酷いけど、ルイ、あなたも傑作よ!」
一通り笑ってから我に返り、全員が甲板へ出た。雨はやんでいたが、風は依然として吹き荒れていた。
船は木に激突していた。地図では確認できていなかった島までいつのまにか流れ着いていたようだった。慌ててアベルが飛行石の出力を切った。甲板の上から確認できる範囲では、マストが木の枝と絡み合ってしまっている。これでは船は動かせなさそうだった。他の部分に損傷はないかとルイが船縁に近付いたその時だ。
「……て…さ…い!……ぶ……すよ!」
暴風に紛れて人の声が聞こえてきた。ルイが船から身を乗り出して下を見ると、長い黒髪を強風に激しく煽られながら踏ん張る女性がいた。何かを必死に叫んでいるが、ほとんど聞こえない。地面を指さしている。ルイは指さされた先を見て驚愕した。
「おい、飛空石の浮力を出力しろ!」
慌てて叫ぶルイに、不思議そうな視線を向けつつもアベルはすぐに船後方へと行き操縦桿を操作した。ルイのすぐ横に来たスヴェンは船の置かれている状態を見て納得したようだった。
「最低限の荷物ですぐ降りる。急げ!」
スヴェンの掛け声に全員大慌てで支度をし、船を降りた。
「うわ、これは危ないね!」
地面に立ったアベルが顔をしかめた。船が乗り上げていたのは島の端っこで地面はひびが入っており、いつ崩れてもおかしくなさそうだった。
飛空石の浮力が切れたままだったら、地面が崩れてしまったときに絡まった木とともに雲の上海を突き抜け下海へと落ちてしまうだろう。内陸寄りの頑丈そうな木に、船を繋ぐロープを全員で協力して括りつけた。
「こっち、私の家があるので! 来て!」
ルイたちに危険を知らせてくれた女性は、風に負けないよう怒鳴りながら一行を誘導した。
彼女がルイたちを招き入れたのは、木造の家だった。平屋の同じ作りの家屋が何軒も連なる長屋。室内は土間と六畳一間の質素な作り。
しっかりと閉めたはずの引き戸が、終始ガタガタとなっている。助けてもらっておいて難だが、ルイにはこの家も風で吹っ飛んでしまいそうに思えた。
「助けてくれて、ありがとう。私はマイリ。実は戦うと強いスヴェンと狙撃の……」
「ルイ・スタイナーだ」
例のごとく、変な肩書がつけられる前にルイは自ら名乗った。
「……とジェントルマンなリアム。あと手先が器用なアベルと賢いふくろうのノーチェスよ。あなたは?」
助けてくれた女性はマイリの他己紹介に少し圧倒されたようだが、正座をして姿勢を正して話し出した。
「私は寧々《ねね》。気象観測所で働いている……いや、いたの」
丁寧にお辞儀をする寧々に、ルイたちも慌ててお辞儀仕返した。
「あの……マイリたちは、その、どんな仕事を?」
確かに先程のマイリの紹介では職業はわからない。もっともな疑問だ。
「僕たちは、貿易船の運送業者です。嵐に巻き込まれていたところを助けてくださって、本当にありがとうございます」
リアムが少し距離を詰めて、笑顔で答えた。女性を見るとすぐこれだ。油断のならない奴……とルイは誰にも聞こえない程の小さなため息をついた。
ルイたちは全員眼鏡をかけ瞳の色を紫に見せていた。寧々の胸の前で布を重ね合わせ帯を締める服装から紫瞳族だと判断したスヴェンから、船から降りる前にそうするよう言われたのだ。
「そうだよね……他種族混合の集団じゃないものね」
寧々は少し残念そうだ。ルイは眼鏡がずれないようしっかりと鼻に押し付け尋ねた。
「他種族に会いたいのか?」
「いえ……あの、空軍の方だったらな、と……」
寧々は、遠慮がちに言った。控えめな雰囲気の伏し目がちな目元とは裏腹に、膝に乗せた手は固く握られ震えていた。




