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ランタナ・パーティ  作者: 鈴木まる
第7章 天気
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第27話 新たな一面

 サンテミラ島から飛び出すように出航した船は、しばらくすると安定して航空し始めた。薄い雲間から差し込む朝日を、真っ白な帆が反射させる。


「すごい、本当だ! もう治ってる!」


甲板でマイリの魔法の効果を見たアベルが歓声を上げた。


「バンダナが熱かったからひやひやしてたわ。すぐ治る程度で良かった」


マイリは軽く息をつく。


「それにしても驚いたわよ。突然倉庫が崩れるんだもの。てっきり手紙の送り主の爆弾が起爆しちゃったのかと思ったわ。まさかあなたが仕掛けた方だったとはね」

「じいちゃんから教わってたんだ。爆弾の知識と作製・設置の技術は。いつか旅に出たら役に立つかもって」


目の端にきらりと覗く悲しみの欠片を拭い、アベルは得意げに答えた。爆弾についての知識があるブノワは、やはりただ者ではなかったのだなとルイは思った。


「あとね、これ見てほしいんだけど」


 アベルがずた袋からブノワの日誌を取り出す。そこには、イヴァンの鍵と箱に関する興味深いことが書かれていた。箱の中身については、グスト島という場所を訪れるとわかるかもしれないらしい。日誌には次のように書かれていた。


〈我々は「グスト島」と呼ばれる幻の島があることを聞いた。そこに行けば「箱」の中身がわかるらしい。ただ幻と言われるだけあって、その島の所在ははっきりしない。青天教の聖地、アカツキ島というところにまずは行くといいという情報を得た。

 目的地をアカツキ島に定めたが、嵐と船員の体調不良が重なり、今回は見送ることとなった。我々は一時的に「箱」と「鍵」の捜索から離れる〉


その後日誌にはもうイヴァンの鍵や箱の話は出てこなかった。ブノワたちがそれらの探索に戻ることはなかったようだ。


「聖地には大聖堂があると聞きます。荘厳な建築物で見るものを圧倒するとのことです」


リアムは自分の城で他国の高官からそのような話を聞いたらしい。ロドフェイトの殆どの人々は青天教徒だ。ルイたちのように信仰心のないものもいるにはいたが、政治にも影響を及ぼす青天教の力は絶大だった。


 アカツキ島は、ルイたちのいる場所から順調にいけば十日程の航空で着く。満場一致で、次の目的地になった。


「しかし、いいのか。昔のブノワの仲間を追わなくて」


スヴェンはたくし上げた服を戻しながら、アベルを見やった。


「え、何で? ……あ、日誌のことか。これは、悪いけど俺がもらっちゃうよ。前にじいちゃんはくれるって言ってたし」


そう言うと、アベルは動力機構を確認してくる、と動力室へ行ってしまった。スヴェンは黙って見送っている。ルイも操作方法を知っておきたかったのでついて行った。「興味深いですね」とリアムも一緒だ。


 甲板に残ったマイリはスヴェンの頭を人差し指でつついた。


「日誌じゃないんでしょ?」


スヴェンは黙ったままだ。


「アベルはあなたとは違うみたいね。大切な人を亡くしたからって、復讐しようとは全く考えてないわ」


スヴェンは甲板に視線を落とすばかりだ。そんなスヴェンの隣で船縁にもたれ、マイリはしばらく空を仰いだ。




 動力室で一通り機器の確認をしたルイたちは、三人で新しい船を見て回った。本格的なキッチン。ゆったりとした船室。加えて、備え付けられている家具は全て上等なもので、ハンモックの寝心地は最高だった。マストや手すりの木目さえも美しく、爽やかな木の香りが上品に漂った。


 上流階級の家庭の持ち物だっただけはある、とルイは頬が弛んだ。




 今までキッチンなどついていなかったので、一行は保存食をそのまま船の上では食べていた。今回から当番制で料理をしていくこととなった。今日の昼食は、自ら手を挙げたマイリの担当だった。


 気持ちの良い天気だから外で食べようと甲板に一行は集まった。マイリは得意げな笑顔を浮かべ、大きな鍋を車座に座るルイたちの中央へ置く。


「具だくさんスープよ!」


じゃーんっと掛け声とともにマイリは蓋を開ける。熱々のスープから上がる湯気が風にゆらめく。その見た目にルイの食欲がそそられたのは、ほんの一瞬だった。


「なんだ、この匂い?」


ルイは思わず眉間にしわを寄せる。肉の匂いに混ざって、酷く青臭く、それでいて甘い得体のしれない香りが鼻を刺す。


「仕上げにぶどうのジャムを入れたの!」


マイリは器にスープを盛り付けスプーンを突っ込み、つぎつぎとルイたちへ回してくる。


「い、いただきます」


匂いはともかく、味はいいのかもしれない。ルイは一縷の望みをかけてスープを口に含む。外側がどろりとしているのに中は小石のように固い豆、塩をそのまま飲んでいるかの如くしょっぱい汁、そこにでろりと熱いぶどうジャムの甘酸っぱさ。


「どう、おいしい?」


期待に満ちた瞳で尋ねるマイリに、どうにか一口分のスープを飲み込んだルイは涙目で正直な感想を伝えた。


「食うのが辛い」


熱すぎたかしら、とマイリはスープの器を頬に寄せる。ルイは「そうじゃねぇよ!」と続ける。


「これ、乾燥ソラマメだよな……水につけてもどしてねぇだろ……。あと塩漬けの肉もそのままぶちこんだな? ぶどうのジャムについては、もう何で入れたんだかさっぱりわからねぇ」

「キッチンの火力なら、いい感じに戻るかと思ったのよ。あとお肉の出汁もでるかなって。あとジャムは、サンテミラの飲食店でお肉に果実ソースをかけるのが流行ってるってアベルに聞いたから試してみたのよ」


マイリは不服そうに自分でも一口食べる。「甘じょっぱくていいんじゃない?」と何が問題なのかわからないといった顔をしている。


「まあ、空腹は最高のスパイスって言うからね! 食べられるよ」


アベルがフォローになっていないフォローをする。スヴェンは「やっぱりか……」と小さくこぼしてごくんと一口飲み込んだ。


「マイリは……味に対しての許容範囲が俺たちと比べて広すぎるんだ」

「さすが、懐の深いマイリさんですね!」


スヴェンの言葉にすかさず乗っかるリアム。マイリは腰に手を当て胸を張る。余計な事は言うまい……とルイは口をつぐんだ。


「マイリは料理当番から外そう。その代わり、掃除を多くやってもらう。どうだ?」

「まあ、あなたたちがいいなら私はそれでいいけど」


ルイたちはスヴェンの提案に全面的に賛成した。指摘したのにわからないレベルでの味音痴だ。きっと何を作っても独特な感じになるに違いない。今まで料理してもらう機会がなかったので、ルイはそのことに全く気が付かなかった。


 欠点と言ってもいいものであるにも関わらず、ルイはマイリの新たな一面を知って嬉しく思った。そして、そんな風に感じている自分への戸惑いと口の中に残る独特の風味をお茶で流し込んだ。




 風がほんの少し湿り気を帯び、頭上に黒い雲が少しずつ増えていたことに、スープの処理に困る一行はまだ気付いていない。

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