第22話 暴露
ルイの目の前には堂々たる船がその巨大な体を横たえていた。
直立する三本のマスト。ロープで結ばれた純白の帆。舳先には羽の生えた女性の彫刻が手を組む。滑らかな木目の船体には、傷や凹み一つない。全長はルイたちの今までの船の三倍はある。
確かにこれは二人では動かすことはできないな、とルイは一人頷いた。
ルイとアベルが食料をたっぷりと抱えて隠れ家へ戻ってきたときには、それぞれの種族の違いトークで留守番組はかなり盛り上がっていた。
「じゃあ、お前さんは癒しの魔法は使えないということだね?」
髭をもてあそびながら尋ねるブノワにリアムは頷いた。
「ええ、その通りです。僕は水の魔法を使うことができます。頑張れば氷の魔法も使えますが、あまり得意ではないです。あと、これはマイリさんもですが、無系統の変身するだとか透明になるだとかそういった魔法はみんな使えます。ただ、やはり自分の系統ではないので得意ではないです」
俺もその話聞きたい! とアベルが割り込む。ブノワは棚から端のほつれたブランケットを取り出し床に敷く。その上にルイたちは車座に座った。買い物袋からルイとアベルはハムとチーズを挟んだパンやピクルス、砂糖漬け果実を取り出す。それらを照らす照明の柔らかな光。
魔法の系統は火、水、土、風、雷、無に分類されることや、一人一系統の魔法を上手に使えること、それは生まれつき決まっていることなどをマイリとリアムは話した。
「私は風系統ね。そこから派生して癒しの魔法を使うことができるのよ。魔法を使うためには陣と詠唱が必要で、それは魔法書や同じ系統の人から学ぶの」
アベルは目を輝かせてマイリの話を聞いている。ルイは船の上ですでに聞いていたので、軽く聞き流しパンを頬張った。話はルイとアベルの行った出航準備へと移っていった。
「すんなりいったよ。ルイに俺の前の制服のサイズがちゃんと合って良かった。あれ、俺が十三歳くらいの時着てたんだけどルイも今そのくらい?」
「……十六だよ」
ルイは偽りなく短く答えた。アベルは目を丸くする。
「そうなの!? ごめん、声がかわいらしかったから、ついそのくらいかと……」
「かわっ……」
ルイは長らく言われていなかった形容詞に、ボディーブローを受けたかのような衝撃を受けた。
「ルイさんは女性ですから、声は年相応だと思いますよ」
言葉の続かないルイの後に、リアムがさらりと付け加えた。帰ってくる前に店によってルイはもとの自分の服に着替えたが、その時アベルはまた店で用事があると言って二階まで来なかったのだ。
アベルはリアムの言葉を聞いて改めてルイをまじまじと見た。みるみる頬が赤くなる。
「ごめん、なんか……俺、役所で突然手――」
「だぁー! 大丈夫だ! いいから、気にすんな!」
ルイは慌ててアベルの言葉を遮った。みなまで言われては恥ずかしさでこの場にいられなくなる。ルイは自分の耳が熱くなるのを感じた。
「え〜、なになに? どうしたの?」
「何でもねぇ!」
ルイには見なくてもマイリがにやにやしているのがわかった。絶対に目を合わせるものかと空になったパンの紙袋を見つめた。
スヴェンたちと旅を始めてからは、ルイが自分の性別を偽る必要性はなくなったと言ってもいい。それでも、今更以前のような言葉遣いや振る舞いに戻すのもなんだか照れ臭かったし、少なくとも「ルイ・スタイナー」の名を使い続ける限りは、このままで良いとルイは考えていた。ただ、こういう瞬間が面倒くさい。
「あ……そうだそうだ。じいちゃんに手紙が来てたよ。消印がないから、直接店のポストに入れられたんだと思う」
気を取り直すかのようにアベルは胸ポケットからありきたりな封筒を取り出し、ブノワに手渡した。
「修理依頼かの」
ブノワは作業台の上にあった小刀で器用に封を切った。便箋を取り出し読むブノワの眉間にほんの一瞬しわがよったが、すぐに何事もなかったかのように元の表情に戻った。
「急を要する依頼のようじゃ」
ああ、嘘をついている……とルイは直感した。何かを全力で隠している顔だ。
「今から? 俺も行くよ」
「いや、わし一人でどうにかなりそうじゃ。それに、何かあったときのために、お前はこの人たちといたほうが良いじゃろ」
そっか、と納得しアベルは何の疑いもなくブノワを笑顔で送り出した。
「ああいう手紙はよく来るのか」
ブノワが出て行って隠れ家から十分離れたであろう時に、ルイはアベルに尋ねた。「まあ、時々あるかな」とデザートに買った杏の砂糖漬けをアベルはしゃくしゃくと食べる。自分以外の誰もがブノワの不自然な表情に気が付いていないようだった。ルイは嘘だと思ったのは自分の勘違いかもしれないと考え始めた。
「あ、じいちゃん忘れ物してる!」
杏を飲み込んだアベルは作業台を見て慌てた。そこには、ネジを締めるのに使う工具が一本あった。アベルが言うには、これ以外には持っていないはずで、大概の修理依頼には必要な道具だとのことだった。
「僕が届けます。その人が長く使っているものなら、たどることができますから」
リアムはにっこりと微笑んだ。それは本当だろうが、この隠れ家にこもりっぱなしなのに飽きたのだろうとルイは推測した。
「もう夜だから大丈夫か……。ルイも一緒の方がいいかもな」
スヴェンの言葉にルイは頷き、三人は隠れ家をあとにした。




