第16話 伝わる
最悪だった。
ルイに撃たれたナメクジは、様々な大きさに分裂した。少なく見積もっても三十匹はいる。逃れるのは困難だ。被弾した部分から血のように飛び散ってきた小さなナメクジは、べちゃべちゃとルイにへばりついた。
「うぇぇ……こんなんありかよ……」
ルイは手足をバタつかせ、ナメクジを振り払おうとした。吸着力が強く、なかなか外れない。
「ルイ、離れてろ!」
ナメクジの反対側から駆けてきたスヴェンは、そう言うとナハトに変化しルイの前に立った。そして、口から炎を吐き出し犬や猫ほどの大きさに散ったナメクジたちを燃やした。
案外燃えやすいようで炎が大きく上がっている。ルイは炎から目を逸らしつつ小さくガッツポーズをしたが、それは早計だった。
風向きの関係で、ナメクジから出ている煙はルイ達の方へ流れてくる。匂いをかいだルイは、くらりと目眩がした。食べ物が腐ったような、酷い匂いだった。
慌てて鼻を摘んだが、防ぎきれない。おそらくルイの数百倍は鋭い嗅覚を持つであろうスヴェンは、その場に崩れるように倒れてしまった。ルイはスヴェンと燃えずに残ったナメクジたちの間に立ったが、特にいい手は思いつかなかった。
とてもじゃないが、ルイ一人ではスヴェンを抱えることはできない。ここから逃げるのは無理だ。だからと言って、撃ってもさらに小さく分裂するだけだろう。打撃? しかし、ねとねとぶよぶよしているナメクジを直接殴ったり蹴ったりする勇気は湧かなかった。
ルイが身構えて考えあぐねている間にもナメクジたちは近付いてくる。腕や顔にまでくっついて離れない極小のナメクジも気持ち悪い。
ナメクジに直接触れる覚悟を決めルイが強く拳を握ったまさにその時、
「え、巨大じゃないけど……数がすごいわね! どうなってるの?」
マイリが倒れたナハト状態のスヴェンに駆け寄った。すぐに顔をしかめて鼻を摘んだ。ルイは肩の力が抜けた。
「オレが撃った。で、その後オレを助けようとして、スヴェンがナメクジを燃やしたんだ」
鼻声でルイは説明した。あまりの悪臭に涙も滲んできた。
「なるほど。燃やすとこうなるのか」
マイリのすぐあとから来たジェイは、試験管の栓を抜き、中身の液体をナメクジ達にふりかけた。ナメクジ達はしなしなと萎れ、動きは鈍くなった。
「人体には無害だ。使っていいか?」
このねとねとをどうにかしてほしく、ルイはすぐさま頷く。ジェイは液体をルイにもふりかけた。顔や腕、足についていたナメクジは、カサカサと乾燥してポロリと皮膚から剥がれた。地面に落ちたナメクジはぴくぴくと動き続けていた。
「奴の体液には服を溶かす作用があったはずだ。大丈夫か?」
「……うん、ルイ、問題なし!」
マイリがルイをその場で一回転させ確認した。ルイも自分で見たが、シャツの袖が少しぎざぎざになっているのとジーンズの裾の方に穴が数個増えたのを見つけただけだった。もしもあの巨体に押し潰されたら、命がないばかりか裸で発見される可能性もあるのか、とルイは今更ながら身震いした。恐ろしい生き物である。
ジェイはナメクジが燃えて灰になったものを、ポケットから出した小さな瓶に採取した。
三人がかりでナハトのスヴェンを風上へ移動させた。ルイがジェイとマイリから巨大ナメクジのことを聞いている最中に、スヴェンは目を覚ました。
少しふらつくもののスヴェンは歩けそうだったので、全員で研究所へと戻った。スヴェンはナハトのままだ。きっとジェイと話さない言い訳にするつもりだ、とルイは思った。
研究所の玄関を開けると、リアムが奥からひょっこりと顔を出した。
「お帰りなさい! 大丈夫でしたか? えっ……あ、スヴェンさんか」
リアムはナハトを初めて見ただろうに、すぐに正体を見抜いた。こういった教養のある感じは、とても王子らしい。
「大丈夫だったけど、ここ最近で一番気持ち悪い体験をした」
ルイがそう言うと、リアムは詳細を聞きたそうな、聞きたくなさそうな、少し複雑な表情をし「それは大変でしたね」と同情の言葉だけ述べた。
「ところで、ラナは?」
ジェイは訝しげな顔をしている。
「ラナさんは……出ていかれました」
リアムは真っ直ぐにジェイを見つめた。ジェイは口を開いたが、何を言うべきかわからないようだった。目線が下に行く。ラナの靴がないことを確認したようだった。
「『やっぱり、私は役立たずなんだ……』と言われてました。よかったんじゃないですか。へっぽこな助手がいなくなって。新しく優秀な人を呼べますもんね」
今までほとんど変化のなかったジェイの顔に、初めて表情が浮かんでいるのをルイは見た。眉間に皺を寄せ、唇を震わせている。
「へっぽこ……? お前に何がわかる。彼女の分析力やデータの管理能力は非常に優れている。私の助けになっている。経験を積めば、彼女はきっと素晴らしい研究者になるだろう」
「でも、先程手助けしようとした彼女に『立場をわきまえろ』とおっしゃったではないですか。『役立たずは引っ込んでろ』と捉えられますよ」
穏やかに返すリアムに、ジェイは試験管が割れてしまうのでは、と心配になる程手を強く握る。
「そんな風に思っているわけないだろう! 巨大ナメクジに対する特効薬は完成していない。半端な手段しかないのに、助手を危険な生物の前に連れ出す奴があるか!」
怒鳴り散らすジェイとは対照的に、リアムはにっこりと微笑んだ。
「ね、僕の言った通りでしょう?」
玄関からは死角になっている廊下の奥から、ラナが靴を手に出てきた。
「ラナ、お前……!」
「は、博士、すみません。私は自信が持てなくて……本当に出て行こうとしたんです。でも、リアムさんが止めてくださって……」
ラナは涙ぐんでいる。ジェイはリアムとラナとを交互に見つめた。金魚のように口をぱくぱくさせており、声は出ない。
「バンダナ、できたら教えてちょうだい! 私たち船にいるわ」
マイリの一言で、ルイたちは博士と助手を二人きりにし、研究所をあとにした。
言葉にしなくては伝わらない想い……いつか自分も胸にしまい込んでいる自身の秘密や気持ちを、この仲間たちに伝えることができるのだろうか、とルイは振り返り遠ざかる研究所を見つめた。




