第15話 へっぽこ
ルイとスヴェンが巨大ナメクジとの逃走劇を始める少し前――
ジェイの専門は生命科学で、その筋ではかなり有名な科学者であると、マイリはリアムに言った。
敷地内に建てられた倉庫の中には、様々な生き物の剥製や人体模型や植物の図鑑などがあった。マイリは自分が解説してもらったことのあるものについて、ざっくりとリアムに説明した。
倉庫の中央あたりまできたところで、マイリは並んで歩いていたリアムに向き直り、色眼鏡をくいっと上げて大袈裟なポーズを取る。
「動植物は環境に特化した形に進化している、あるいは特化した形のものだけ生き残っている。でも、人間だけは環境により形を変えていない――」
「なるほど」
頷くリアムに得意顔で続けるマイリ。
「瞳の色――つまり種族の違いは環境によるものではない。われわれ人間は自然の摂理とは違った理のもと存在している」
「マイリさん、博識ですね」
拍手するリアムに、マイリはいたずらっぽい笑顔を向ける。
「ジェイの論文の一節そのまんまよ! あんまり意味はわからないんだけど、それで有名になったのが嬉しくて、そこだけ覚えちゃった」
二人が更に奥へと進もうとした時、倉庫の入り口で何かが崩れる音がした。大小様々な箱に紛れてラナが尻もちをついていた。
「お怪我はありませんか?」
颯爽と手を差し伸べるリアムに、この子は本当にぶれないなとマイリは半分呆れ半分感心した。
手を借りて立ち上がったラナは、何度も頭を下げる。
「すみません、すみません! 私がへっぽこなばかりに……。せっかく憧れの博士のもとに来たのに、こんなことばかりで……」
ラナはしょんぼりと落ち込んでいる。マイリはふと気になって、聞いてみた。
「あなた、ここに来てどのくらい?」
「えっと……まだ二週間です」
「二週間……?」
マイリは思わず笑ってしまった。その様子を見て、ラナはますますしょぼくれた。
「たった二週間で弱音を吐くなんて、おかしいですよね……」
「マイリさん、失礼ですよ」
リアムの言葉には批難の色がこもっていた。違うのよ、とマイリは手を振った。
「嬉しくて……勘違いさせたなら、ごめんなさい。二週間は、多分最長記録よ。ジェイは気に入らない相手は三日と置いてないから」
「え……ということは、ラナさん、優秀なんですね!」
ラナはマイリとリアムの言葉にきょとんとしている。
「ジェイは表情も言葉も足りないから、分かりづらいのよ。ラナ、あなた自信を持ったほうがいいわよ」
ラナがなにか言おうとしたところで、ジリリリリ、とベルがけたたましく鳴った。マイリとリアムは何事かと辺りを見回したが、倉庫内では特になんの変化もない。
「ナメクジ警報です!」
そう言ってラナは研究所の方へ駆け出した。マイリとリアムは首を傾げつつそれを追う。
研究所の玄関で、マイリ達はジェイと鉢合った。ラナはずれた眼鏡を直しながら、ジェイに訴える。
「博士、私……」
「ラナは研究所の中に。私が処理する」
「でも……私も役に立ちたいんです!」
ジェイはコルクで栓をした試験管をいくつか手にしている。中には銀色の液体。
「自分の立場をわきまえろ! 中にいるんだ!」
ジェイの断固とした態度にラナは怯んだようだった。ジェイはラナをそのままに、研究所を出て駆けて行ってしまった。
「よくわかんないけど、リアム、ラナをお願い! 私はジェイを追いかけるわ」
「わかりました!」
マイリは全速力で走り、何とかジェイに追いついた。ジェイは一瞬マイリを見やって、軽くため息をついた。
「お前も中にいてほしかったんだが……」
「もう遅いわよ。説明してちょうだい」
走りながらジェイは人を襲う大型のナメクジが出現したことをマイリに伝えた。緑の多い島に生息する非常に珍しい軟体動物だと言う。
「へぇ、そんな生き物がいたのね。もしかして、それが理由でこの島に研究所を建てたの?」
「……一番は身を隠すためだ」
今更誤魔化しても仕方ないのに、生物狂いなことを素直に認めないジェイにマイリはやれやれと軽く首を振る。
「とにかく、駆除するには私が開発した薬が必要なんだ。正確には開発途中だが……多少は効く」
ジェイは試験管を軽く振ってみせた。中の液体は陽光に輝き、マイリには美しく思え虫退治用の薬には見えなかった。
「ところで、ラナは大丈夫なんだろうな」
「リアムは強くてジェントルマンだから、大丈夫よ!……多分」
レディファーストが過ぎるリアムを置いてくるべきではなかったのでは……という考えがマイリの脳裏を一瞬掠めたが、深く考えるのはやめた。




