第14話 迫り来る
渡されたバンダナにざっと目を通し、丁寧に畳むジェイ。
「さて、私はこのバンダナの調整をしに研究室にこもらなければいけない。二時間ほどかかるだろう。好きに過ごしてくれ」
研究倉庫を覗きたいというマイリに、ジェイは構わないと言った。リアムもそれについて行くとのことだった。ルイは役所の場所を聞き、研究所をあとにした。
役所は研究所から徒歩十分ほどの距離にあり、ルイの用事はすぐにすんだ。探し人の情報を求めたが、皆無だった。
ルイの足は自然と麦畑へ向かう。母と兄と三人で過ごした島の様子に似ている景色を一人で眺めたかった。秋には島民総出で収穫し、お祝いしたものだ。休憩時に近所の人が振る舞ってくれた、りんごジュースの味が口の中に蘇る。あの時は、誰も彼もが笑顔だった。
一人田舎道を歩きながら、ルイの考えは現在のことへと移っていった。マイリの話しぶりから、あの三人はかなり前からの知り合いのような感じがした。思い過ごしだろうか。
もしも、三人とも以前からの知り合いなのだとしたら、いったいどこで知り合ったのだろう。自分が知らないだけで、もしかしたら他種族同士が一緒に暮らしている島があるのかもしれない。
いや、それはない。ルイは自分の考えを即座に否定した。空賊以外で青天教の教義に逆らって、他種族交流しているなんて聞いたことがない。もしあったとしたら、青天教の軍隊である聖騎士団も空軍もそれを許すはずがない。
〈太陽神より賜りし色の瞳、汝徒に使うべからず。適切に用いよ。それすなわち、同色の者と時と場所を同じくすることなり〉
ルイは聖典の一部を思い返した。中央政府側も「均衡を乱す」と他種族混合の集団、通称〈ランタナ・パーティ〉を禁忌としている。
中央政府とその下部組織である空軍。その二つの組織内には色んな種族がいるが、それは「人々に掟を守らせ、ロドフェイトの平和を維持するためであるから」と青天教はこの例外を渋々容認している。例外的に合法的なランタナ・パーティなのだ。
青天教と中央政府が禁じていることを、秘密裏に行うなんて不可能である。
自分の考えに没頭していたルイは、気が付くと船に戻って来ていた。
スヴェンが船縁に座りノーチェスを腕にとまらせて背中を撫でていた。ノーチェスは満足そうに眼を細めている。ルイが近づくと「お帰り」とでもいうように「ホー」と鳴いた。
「どうしたんだ?」
いつも通りのスヴェンだった。怒りは収まったようだ。
「散歩してたんだ。その……気晴らしに」
スヴェンはノーチェスを飛び立たせ、腕を組んだ。軽くため息をつき、口を開いた。
「さっきは悪かったな。だめなんだ。ジェイを見ると、抑えがきかなくなる」
そこまで人に怒りを感じるなんて、よっぽどのことがあったに違いない。聞いてもいいだろうか、と思ってしまってからルイはわずかに眉をひそめ目線を落とした。人の過去に興味が湧くなんて、今までなかった。
ルイが口を開きかけた時、スヴェンが何か危険を感じたかのようにさっと素早く船から飛び降りた。ルイがいる場所とは反対側だ。ルイは船を回り込み、スヴェンの横に立った。
「変な匂いだ……近付いてくる」
船を挟んでルイが歩いてきたのと反対側は、原っぱがあり、その奥に森がある。黒煙が上がったかのように、一斉に鳥が飛び立って行くのが見えた。
腹まで響く地響きがした。嫌な感じがする。
「何だありゃ?!」
ルイは素っ頓狂な声を上げた。森からぬるりと現れたのはナメクジだった。ただのナメクジではない。ルイ達の乗る船と同じくらいの大きさだ。
ルイ達からはゆうに百メートルは離れているが、ルイは全身に鳥肌が立った。目がどこだかわからないにも関わらず、視線を感じた。
「逃げるぞ!」
スヴェンがそう言って駆け出したときには、ナメクジはその巨体に似つかわしくないスピードで近付いてきていた。
スヴェンとルイは、船にナメクジが向かわないよう進路を取り逃げた。
土がむき出しの道をひた走り、やがて道がなくなり手入れのされていない自然のままの草原に出た。
ルイは息が苦しくなり後ろを振り返った。手を伸ばせば届きそうな距離に滑る淡い黄色の皮膚。よく見ると細かく粒だっている。ナメクジは進みながら大きくのけぞる。その巨体で、ルイ達にのしかかろうとしているようだ。
「がっ……!」
ルイの呼吸が一瞬止まり体が地面に転がる。スヴェンがルイに鋭い蹴りを食らわせたのだ。その直後にナメクジはその巨体を地面に叩きつけた。ズン、と重く響く衝撃。間一髪、ルイはふっ飛ばされたお陰で、ナメクジの下敷きにならずに済んだ。
「いってぇ……おい、大丈夫か!?」
脇腹を押さえて立ち上がったルイのところからは、ナメクジしか見えない。ぐにゃりと波打つ体にルイは悲鳴を上げそうになる。
「無事だ」
冷静な返事にルイは安堵の息をつく。どうやらねとねとのぺしゃんこにはならずにすんだらしい。ナメクジを挟んで反対側にいるようだ。
「助けるんなら、もう少し優しくしろよな」
礼を言わねばと思っているのに、憎まれ口を叩いてしまう自分の髪をルイは乱雑に掴む。
「悪かったな。でも、こいつに潰されるよりましだろ」
げんなりしたようなスヴェンの返事。ルイ同様、この生き物に辟易しているのがありありと感じられた。
後ろ側に回って逃げるか、どうしようか……とルイが迷っている間に、ナメクジはまた動き出した。ルイの方へ体の向きを変えた。
「おいおい、マジかよ!」
今度はナメクジの動線上から逃してくれる仲間は隣にいない。仕方なく、ルイは銃を取り出した。
右手で銃を握り引き金を引いたまま、左手でハンマーを素早く弾き瞬間的に六発撃った。どこを狙えば良いのか分からず、とりあえず体の中央辺りに打ち込んだ。これで止まってくれ、とルイは念の為二丁目の銃を構えつつ祈った。




